第5章 冬休みと変わりつつある領地
第311話 《牧場のあの子は猫みたい》
僕達は船上の人となった。
海は穏やかで、茫洋とした時が流れ過ぎていく。
やれ、「鍛錬」だ。ほら、「稽古」だと、喚くヤツがいないんだ。何もしなくて良いんだ。
平穏が有難い。
おまけに、ウザい船長も船室で拗ねている。静かだ。波の音しかしない。
「〈タロ〉様、これは良くないです。このままでは、大変なことになりますわ」
「はぁ、今回は〈サヤ〉もいなし、とても平穏じゃないか。〈アコ〉、何が大変なんだ」
「このまま、食べてはお昼寝、食べては夜寝る、食べてはお昼寝、食べては夜寝るを繰り返していれば、ブクブクと太ってしまいますわ」
まだ、出航したての朝だ。お昼寝は一回もしていない。〈アコ〉は、する前提だったのか。
「そうですね。確かに、何も運動をしないのは、身体に良くないと思います」
〈クルス〉の意見は、そのとおりだな。優等生的な意見だ。
「まあ、そうだな。何か軽い運動をする」
僕は二人の意見に、何も考えずに流されよう。竿をさしてはいけない。
させるのが、遅くなるだけだ。
「そうです。〈タロ〉様の言うとおり、軽い運動が良いですわ」
「護身術の練習ですか」
「うーん、それは。〈タロ〉様が、またエッチなことをされそうですわ」
何てことを言うんだ。当たっているぞ。
「それは確実にしますね。〈タロ〉様ですからね。それでは、守り刀の練習ですか」
「そうだわ。それが良いでしょう」
何か最初から決まっていた感じだな。出来レースまでして、僕をデスっているのか。
僕達は、守り刀の練習を、午前中にすることにした。午後は、休息だ。
これ位が、丁度良いんだ。今までが、異常なんだよ。
簡単に身体を解してから、二人が木の短刀を構えた。
「どこからでも、かかってきなさい」
「まあ、偉そうですわ」
「少し腹立たしい言い方です」
二人は、「えぃ」「やぁ」と可愛く気合を入れながら、僕を突いてくる。
少し怒っているから、中々の気合いだ。良い運動になりそうだな。
僕の方は、あまり良い運動になりそうにない。突きのスピードが遅いので、余裕でかわせる。
短刀を引くのも遅いから、連続で突かれても怖さが何もない。
「二人ともどうした。腰が入ってないぞ」
「うぅ、これからですわ。今はまだ身体が、温まっていませんの」
「〈タロ〉様、ちょこまかと逃げないでください。動いたら当たりません」
〈クルス〉は、無茶苦茶言うな。そんなに僕を突きたいのか。まだ、怒っている感じだな。
午前中一杯練習すると、二人はヘロヘロになって、荒い息をしていた。
「ふぅー、良い運動になりましたわ。ご飯が美味しく食べられそうです」
「はぁー、一度も当てられなかったです。明日こそ、当てて見せますよ」
二人の目的が違ってきている。〈アコ〉は、ダイエットが目的だ。
「ご飯が美味しく」はそれに反しているが、そうなんだろう。
〈クルス〉は、僕に一太刀入れるのが目的のようだ。
〈クルス〉の方が、練習の意図をくんでいると言える。でも、何か納得しがたいな。
午後からは、リュートを持ち出して、少し練習してみた。
今回は人が少ないから、下手くそでも気にならない。
〈アコ〉と〈クルス〉しか、聞いている人はいない。
「〈タロ〉様、前より上手くなっていますわ」
「相当練習されたのですね。どんな曲を弾いておられるのかが、良く分かります」
「演奏を褒めてくれてありがとう。歌も聞かせてあげようか」
「うっ、歌はご遠慮しますわ」
「あっ、歌はいいです。次の機会にでも」
はぁっ、聞きたくないだけだろうが。人の申し出を粉々に砕きやがったな。
無礼としか言いようがない。自分達はどうなんだ。聞かせて貰おうか。
けちょんけちょんに、けなしてやるぜ。
「それじゃ、〈アコ〉と〈クルス〉が歌ってよ」
「えっ、私ですか」
「うっ、私は、あまり上手くないですわ」
「ここには、僕達しかいないから、聞かれても恥ずかしくないよ」
「そうですけど。〈クルス〉ちゃんどうする」
「そうですね。少しだけなら」
おっ、その気になっているな。歌が上手いと思っているんだな。
でも、僕は厳しく採点させて貰う。合格の鐘なんか絶対鳴らさないぞ。
「ほぅ、曲は何にするの」
「うーん、逆に聞きますが、〈タロ〉様が得意な曲は何ですか」
「そうだな。「牧場のあの子は猫みたい」が、一番ましだな」
「それなら、「牧場のあの子は猫みたい」を歌いますわ。〈クルス〉ちゃんも、健体術で習っているわね」
「えぇ、習っています。散々絞られました。〈タロ〉様、伴奏をお願いします。
二人は、「せーの」と掛け声を言って、僕の演奏に乗せて歌い始めた。
《牧場のあの子は猫みたい》
あの子は、クルクル回るよ。 クルッ、クルン、クルーン。
クルクル変わっていくよ。 クルッ、クルン、クルーン。
猫の目みたいだ。 ミャッ、ミャン、ミャーン。
クルクル踊って、楽しそうだ。クルッ、クルン、クルーン。
褒めないと、プンプン怒る。 ププッ、ププン、ププーン。
怒れば、シクシク泣き出す。 シクッ、シクン、シクーン。
慰めれば、またクルクル回る。クルッ、クルン、クルーン。
ほんとに、猫みたいだ。 ミャッ、ミャン、ミャーン。
ほんとに、踊りが好きだ。 ララッ、ララン、ララーン。
牧場の柵の上でも踊る。 クルッ、クルン、クルーン。
危ないと言うと怒る。 ププッ、ププン、ププーン。
帰ると言うと泣き出す。 シクッ、シクン、シクーン。
キスをしたら降りた。 チュッ、チュン、チューン
ほんとに、猫みたいだ。 ミャッ、ミャン、ミャーン。
ほんとうに、好きみたいだ。 クルッ、クルン、クルーン。
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