第310話 小枝で決める

 〈クルス〉は、それでも〈僕ちん幽霊〉にされたことは、絶対許せないと拳を握って宙を睨んだ。 

 そこに、見えない〈僕ちん幽霊〉が、漂っているかのように。


 それから〈クルス〉は、隙を突かれて憑りつかれたことを、〈アコ〉にまた謝っていた。

 でも、僕には謝らない。迷惑をかけたとは、思っていないのだろう。

 ひょっとしたら、隙を突かれた原因だと思われているのかな。


 そういう考え方も、充分成り立つのだろう。

 僕は大人だから、再度誠心誠意二人に謝っておいた。 

 二人が機嫌を直すなら、僕が頭を下げることなどお安い御用だ。


 今回のことで、二人は心に傷を負ったと思う。

 ただ、過ぎたことは、後悔しても意味がない。

 これから、どうするかが問われているのだと思う。


 やはり触れ合いが、大切だと思う。心と心が繋がることが、必要だと思う。

 人と人の繋がりが、安心感を生み、心を刺激して、明日への活力となるのだろう。


 今回のような妨害にあっても、揺るぎのない確固たる絆を構築したい。

 僕と〈アコ〉と〈クルス〉が、もっと深く繋がる必要がある。

 そうなんだ。肉体的にも、二人と繋がってみたい。初めは浅くても良いから。

 初体験は痛いらしいので、傷を負わせないように優しく。

 トロトロにほぐしてみたい。トロトロに包まれてみたい。



 馬車から見る人の群れは、もう冬への衣替えを終えようとしている。

 木枯らしが吹いて、大慌てで箪笥から、出してきたのかも知れない

 少し着ぶくれして、地味な色合いの服装に変ってしまった。でも、温かいんだろうな。


 僕達も、あと少しで冬休みに入る。

 僕と〈アコ〉は、エスカレーター式に、休み明けには二学年となる。

 〈クルス〉も、学年末試験を終えて、二学年に進級出来ることが決まっている。

 ついこの間、試験があったようだ。知らなかったな。


 自分には試験がないから、思いつきもしなかった。

 〈クルス〉も、試験が関係ない僕と〈アコ〉には、言い難いことなのかも知れない。少し反省だ。


 もう三日後には、冬休みで領地へ帰ることになっている。

 そのため、〈サトミ〉のお土産を探すことにした。大切な用事だ。

 僕は、〈アコ〉と〈クルス〉の三人で、「学舎通り」をブラブラと歩いている。


 「二人は、お土産をもう決めたの」


 「私達はもう決めていますわ。〈タロ〉様はまだなのですか」


 「三軒先の服屋さんで、買う予定です」


 「そうなのか。何を買うの」


 「それは秘密です。〈サトミ〉ちゃんが開ける前に、〈タロ〉様が知っているのは、どうかと思いますわ」


 「そうですね。〈タロ〉様が、〈サトミ〉ちゃんに話してしまったら、包を開けた時の嬉しそうな顔が見られないですよ」


 「はぁ、僕は、〈サトミ〉にばらしたりしないよ」


 「うふふ、そうだと思いますが、念のためですわ」


 「ふふふ、信用していないわけじゃないのですが、良いじゃないですか」


 二人は、少し笑っているが、まともに答えてくれない。まだ、信用が回復してないのか。

 二人は、僕を置いてきぼりにして、女子生徒用の服屋で何かを包んで貰っている。

 女子生徒用の店だから、僕は入り口で待たされてた。

 まあ、二人に少しでも笑顔が出たので、良しとしておこう。


 ただ、僕のお土産選びは迷走中だ。服か、アクセサリーか、他の何かか。

 〈サトミ〉が、何を喜ぶのか全く分からない。

 僕が、女性の気持ちを、まるで理解してないからだろう。自覚はあるんだ。


 悩んでいるだけでは、直ぐに日が暮れてしまう。

 仕方がないので、道端に落ちていた小枝で決めることにした。


 「〈タロ〉様、小枝を拾って何に使いますの」


 「〈タロ〉様、その小枝で決めるのではないでしょね」


 「そうだよ。これの倒れた先の店で、買おうと思っているんだ」


 「まあ、呆れましたわ」


 「それで良いのですか」


 小枝が倒れた先は、陶器の置物を売っている店だった。

 いい加減な決め方をした割には、無難な店だと思う。結構良い決め方だったようだ。

 これから迷った時は、これでいこう。決断が早くなる。


 店の中には、絵付けされた陶器の置物が、大小色々陳列されている。

 動物の置物が、多いようだ。ざっと見て、〈サトミ〉に送るなら、猫か馬か、どっちかだな。


 猫の方は、母猫に子猫が、じゃれついているデザインだ。

 母猫は慈愛に満ちて、子猫は可愛い仕草をしている。

 馬の方は、大小二頭が並んで疾走している。草原を本能の命ずるままに、走っている感じだ。

 馬の方が、無難だな。猫を選んで、死んだの〈ミア〉ことを、思い出させてもいけない。


 「ふふ、〈タロ〉様、決め方の割には、良いお土産ですわ」


 「うふ、〈サトミ〉ちゃんが喜びそうですね。考えていないようで、ちゃんと考えておられるのですね」


 そうでもないんだがな。〈サトミ〉とは離れていても、何か繋がっているんだろう。

 ただ、自分達のお土産は秘密なのに、僕のお土産は店に入って、ガッツリ見ている。

 狡いんじゃないのかな。



 今回の帰郷で、一緒に航海する人のリストは次のとおりだ。

 〈アコ〉と〈クルス〉のみだ。


 〈リーツア〉さんは、前回、結婚式への出席のためだったから、もう《ラング領》に来ることはないんだろう。

 〈アコ〉の母親は、直前まで迷っていたが、王宮の用事で来ないことになった。


 〈カリナ〉と〈リク〉も、今回は来ない。

 驚いたことに、〈カリナ〉が妊娠してしまったんだ。〈リク〉が、孕ましてしまったらしい。


 まあ、結婚しているから、スキャンダルにはならないのか。

 真面目そうな顔をして、エッチなこともしているんだな。

 孕ましたんだから、一回や二回じゃないだろう。何十回もやっているに決まっている。

 何て嫌らしいんだ。


 それで、〈リク〉の護衛の任務を外してあげることにした。

 まだお腹もたいして膨らんでないのに、〈カリナ〉の傍を離れようとしない。

 役立たずの困ったヤツに、成り下がってしまったからだ。

 護衛の役目を何と心得ているんだ。騎士なのに嘆かわしい。


 「今回は、領地へ来ないで良い」と言ったら、涙を流さんばかりに喜んでいた。

 「我が子のために、ご配慮頂いて、この御恩は一生忘れません」と、大げさことを言っていたよ。 

 子供を産むのは〈カリナ〉のはずだよな。

 ひょっとしたら、〈リク〉が生むんだと思ってしまうよ。


 〈リク〉が、並外れた子煩悩だとは思わなかった。

 〈リーツア〉さんも、「今からそれでどうするの。陣痛が始まったら、卒倒してしまうわよ」と呆れていた。

 〈カリナ〉は、嬉しそうだが、少し心配そうだ。

 陣痛の痛みなのか、自分の亭主のバカさ加減にか。両方だと思う。


 船長は、〈アコ〉の母親がいないので、目に見えて落ち込んでしまった。

 船室から出て来ようともしない。ちゃんと自分の仕事はしろよ。


 少し寂しい船旅となったけど、「深遠の面影号」は、どう思っているのかな。

 それは、何とも思ってないだろう。「深遠の面影号」には、関係のない話だ。

 全く興味もないだろう。「深遠の面影号」は、波を突っ切ることしか考えていないと思う。

 この船は、大洋を渡る船だ。人間の感傷など、海の上には置きようがない。

 流れて沈んで見えなくなるだけだ。


 「水夫長、もう出航してくれ」


 「分かりやした」


 水夫長が落ちついた声で、出航の合図を送る。

 しわがれているが、抑制が効いた自信に溢れた声だ。

 人を安心させる声だと思う。声にも、人柄が滲み出ているのだろう。


 同じ中年なのにな。どうして、船長が船長なんだろう。

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