第309話 とても悲しい

 僕が誰かに支配されて、〈アコ〉と〈クルス〉が、その支配した者の言うことに従った場合だ。

 二人が、支配した者の言いなりになって、おっぱいをさらけ出して、揉ませた場合だ。


 それは、心の底から怒ると思う。尋常じゃない怒りに、囚われてしまうだろう。

 自分の許嫁で恋人を、好き放題されたんだから、当たり前だ。


 そのとき僕は、〈アコ〉と〈クルス〉に何を思うだろう。

 僕の姿かたちをしているけど、全く別人の言うことを聞いたんだ。

 怒るというより、悲しくなると思う。やるせない気持ちになると思う。

 姿かたちに違いがないので、仕方がないと思う面もある。


 でも、許嫁で恋人なんだから、なぜ気づかなかったんだと思うはずだ。

 僕のことを好きだったら、違いに気づくはずだと思う。

 どうして、気づいてくれなかったんだと思うだろう。


 この「どうして」が、心の中で長く長く彷徨うだろう。


 僕は、屋根裏部屋に入って直ぐ、バスケットを背負ったまま言った。


 「僕は、〈アコ〉が大好きだ。〈クルス〉が大好きだ。二人とも、死ぬほど好きだ。これだけは信じて欲しい」


 二人は、一瞬呆気にとられたような顔をしたが、直ぐに僕へ駆け寄って、しがみついてきた。

 また、瞳が涙に濡れてきている。必死に僕へしがみついて、泣かないようにしている気がした。


 「うぅ、〈タロ〉様、嘘なんて思いません。私、信じますわ。私も大好きです」


 「あぁ、〈タロ〉様、信じています。大好きです。信じますから、私をもう見誤らないでください」


 僕達は、しばらく三人で抱き合っていた。僕は二人の背中を、ゆっくりと撫ぜて続けている。

 こうすれば、二人の涙が、零れ落ちないと思ったんだ。


 その後、絨毯に三人並んで座った。

 もちろん、僕の左右に〈アコ〉と〈クルス〉が、引っついている。

 最悪な状況からは、抜け出せたみたいだ。


 少しむせながら、お茶を飲んでいる二人の様子を愛おしく思う。

 よほど喉が渇いていたんだろう。「甘いおイモ」も、パクパク食べている。

 ほっとしたのか、胸のつかえがとれたのか。消耗した心と身体に、栄養が必要だったのだろう。

 甘いもので、疲れを癒しているんだろう。


 僕も、少しお茶を飲んで、お菓子を食べた。僕もほっとしている。

 戦場は、焼け野原にはならずに済んだ。何とか復興出来そうに思える。

 失った信頼を、取り戻さなくてはならない。


 かじった檸檬は、酸っぱくて、少し口に苦く感じた。



 お茶を飲んで、お菓子を食べたら、二人が教会へ行きたいと言い出した。

 幽霊に二度と憑りつかれないように、お祓いをして貰うらしい。


 僕に異存はないけど、その前に、お昼ご飯が食べたかった。

 甘いお菓子では、食事にならないよ。 でも言い出せなかった。

 今の空気は、そうじゃなさそうだ。今は我慢の時だ。我儘を言っている場合じゃない。


 辻馬車を拾って、三人で「聖母子教会」へ向かう。

 四本の尖塔を配した伽藍と、聖地の醸し出す風格が、いつ見てもすごい迫力で迫ってくる。

 幽霊もここへは、入ってこれないだろう。


 〈アコ〉と〈クルス〉は、お祓いをして貰って、聖水を下げ渡されたようだ。

 まあ、お金を払って買った感じだ。教会も何かしらの利益を、上げる必要があるのだろう。

 僕はその間、ずっと天井に描かれている、フレスコ画を見ていた。

 神話のモチーフの白い牛が、丸々と肥えてて美味しそうに見える。

 絵の牛も、美味しそうに涎を垂らしていた。


 帰りの辻馬車の中で、〈クルス〉が幽霊のことを話してくれた。

 〈僕ちん幽霊〉は、《赤鳩》に古くから伝わる有名な幽霊だそうだ。

 幽霊にも、無名有名があるのか。〈クルス〉の話では、そうなっている。話の腰は折るまい。


 昔、真面目過ぎるほど大真面目な女生徒が、自ら命を絶ち成仏出来ずに、地縛霊になったようだ。 

 《赤鳩》に居座って動かず。

 気に入らない生徒を見つけたら、有無を言わさず、憑りついているらしい。

 その霊力は恐るべきものがあり、不幸を周囲に撒き散らすと、代々伝わっている。

 成仏出来ないのは、身を焦がすような恋をしたが、こっぴどく振られて、それを今も恨みに思っているようだ。

 ただその恋は、〈僕ちん幽霊〉の一方的な勘違いで、単なるストーカーだったみたいだ。

 語尾が変なのも、それが可愛くみえると思っているらしい。


 〈僕ちん幽霊〉の、とても悲しいところは。


 恋はバカみたいな勘違いで、語尾もはっきりウザイだけだと、幽霊になってから、薄々感づいているところだ。


 片思いは、片思いで尊いのに。後で良い思い出に、なったかも知れないのにな。


 でも、〈僕ちん幽霊〉の気持ちが分かる部分もある。

 勘違いや、考え違いで、人生を棒に振ったことを、今更認められないのだろう。

 それでは今までの自分が、あまりにも惨めで情けない。

 自分がカラッポなのを、認めてしまうことになる。


 認められないのなら、ギリギリと歯を噛みながら、意地でも今までと同じ気持ちを持ち続けていくしかない。

 それが、人を呪うということなのかも知れない。

 それが、永遠に続く地獄であっても、止められないのだろう。

 救いが、どこかに落ちていればいいのにな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る