第308話 オロオロ

 「私が憑りつかれているのに、〈僕ちん幽霊〉に、あんないやらしいことをしたのですよ。それも私の身体を使って。信じられないです。また涙が出てきました」


 「えっ、えっ、なんかゴメン。謝るから許してよ」


 「なんかって、なんです」


 「また許せませんわ」


 〈クルス〉が、また泣き出して、つられて〈アコ〉もまた泣き出した。

 僕は二人の周りを回って、オロオロするばかりだ。

 とても、自由になっているおっぱいを見るどころじゃない。


 「二人とも、まさかだけど、幽霊に憑りつかれていたの」


 「そうですわ。あれだけ、おかしなことをしたら、直ぐに分かるでしょう」


 「私は、あんな変な話し方はしませんよ。〈タロ〉様もご存じのはずです。気づかなかったのですか」


 「えー、幽霊って実在するの」


 「ふぅ、私もいないって思っていましたわ。でも今日実際に体験しました。〈タロ〉様も、憑りつかれた私達を見たでしょう。あんなこと、演技では出来ませんわ。する理由もないでしょう」


 「存在の証明はされてはいませんが、私達が動かぬ証拠です。私が、自分から胸をさらけ出したり、触ってて言いませんよ。言うと思ったのですか、〈タロ〉様」


 「うーん、そうなんだけど。そんなこと、想像も出来なかったよ」


 「でも、〈タロ〉様には、気づいて欲しかったですわ」


 「変になっている私に、あんなことをしないで、欲しかったのです」


 「ごめん。二人の胸を見たら、止まらなかったんだよ。頭がバカになって、二人の胸のことしか考えられなかったんだよ」


 「ふん、そんなことを言っても、許しませんわ。誰の胸でも良いんじゃないですか」


 「私達の胸だから、触ったように仰っていますけど。私達とは違うと思っていながら、胸を触ったでしょう。どうなのですか」


 「何度も言うけど、幽霊に憑りつかれたなんて、分かるわけがないよ。そりゃ、変だとは思ったけど、エッチなことをする時の、照れ隠しかなって思ったんだよ。少しふざけた方が、やりやすい時もあるのかなって」


 「うーん、〈タロ〉様の言い分も、少しは分かりますわ」


 「出まかせの言訳を、仰っているのではないのですね。確かに幽霊とは、思いつきませんね」


 「そうだろう。それと、二人とも、そろそろ服を着てくれないか。目のやり場に困っているんだ」


 「キャー」


 「イヤー」


 〈アコ〉と〈クルス〉は、服を慌てて着だした。

 慌てているから、〈アコ〉の胸がスリップに引っ掛って、ブルンと跳ねてた。大きいからな。


 〈クルス〉は、部屋着の裾が折れてて、黒のショーツが見えていた。

 「黒色が見えている」と指摘してあげると、僕を睨みながら、お尻を叩くように裾を直してた。

 ストレスが、溜まっているんだな。


 「〈タロ〉様、酷いですわ。早く言ってよ」


 「〈タロ〉様、私達の恥ずかしい姿を、ずっと見ていたのですか」


 「そうじゃないよ。言い出す場面が、中々なかったんだ。二人とも、それどころじゃない感じだったから」


 「ふー、もう良いですわ。それより疲れました」


 「はぁ、疲労感が酷いです。今は何もしたくないです」


 「そうだよな。疲れただろう。下から飲み物を持ってくるよ。座って待ってて」


 僕はそう言い残して、「南国茶店」へと降りていった。

 ここにいても、また責められそうだったので、逃げたんだ。

 喉が渇いると思うし、甘いもの食べれば、少しは気持ちが晴れるだろう。

 晴れて、僕への攻撃を止めて欲しい。頼むよ。


 「南国茶店」で〈カリナ〉に、お茶を水筒に詰めて貰った。

 「甘いおイモ」とコップと輪切りの檸檬も合わせて、バスケットに入れて貰った。

 それを〈リク〉に手伝わせて、ひもを使って背負えるようにする。

 これで、急な階段も安全に昇れるぞ。完璧だ。


 「ご領主様。どうされたのですか。疲れておられるようですね」


 「そうなんだよ。人生思いもよらないことが、突然起こるんだ。想像を絶すことなんだ。心身ともに疲れるよ」


 幽霊騒ぎのことは、言わないでおこう。

 〈カリナ〉であっても、胸を放り出したとか言ったら、もっと怒られる気がする。


 話のネタとしては面白いから、ほとぼりが冷めたら、脚色を施して披露してみたいな。

 下ネタ要素もあって、受けそうだもん。他人の悲劇は、聞いた方にとっては喜劇だからな。


 「ご領主様。これで準備万端です。お茶も、お菓子も沢山入っていますよ。ご武運を陰ながら祈っています」


 〈リク〉は、大げさなこと言っている。

 僕が〈アコ〉と〈クルス〉を、とても怒られせたと思っているんだろう。

 まあ、当たっているな。


 お茶とお菓子で、機嫌を取り戻そうとしていると、思っているんだろう。

 まあ、当たっているな。


 たぶん、〈リク〉も〈カリナ〉に、同じようなことをしたんだろう。

 男の考えることは、単純で底が浅いな。直ぐに見透かされる。


 僕は、〈リク〉と軍隊式の敬礼を交わして、「南国茶店」を後にする。

 何の戦いかも分からない、神経をただすり減らす、理不尽な戦場に戻ろう。

 僕の勝機はあるのだろうか。用意した武器は、誰でも思いつく陳腐なものしかない。


 狭い階段を昇りながら、さっきの騒動を思い返した。

 僕が逆の立場だったら、どう思っただろう。

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