第302話 休憩ポイント

 〈クルス〉の手を持ち、引っ張り上げて、僕の前に跨らせた。


 「ふぅ、〈タロ〉様、高くて怖いです。私を支えていてくださいね」


 「任しておいてよ。しっかり支えるよ」


 馬に乗って進む通りは、視点が高くて、いつもと違う町のようだ。

 皆は歩いているけど、僕達は馬に乗って楽ちんだ。優越感に浸れるな。

 でも、〈クルス〉は怖いみたいで、身体を堅くして僕の腕にしがみ付いている。

 手が邪魔だけど、しょうがいない。そのうち慣れるだろう。


 門番の衛士に、学舎証を見せて門を通り抜けた。門の前は、今日も大混雑している。

 さすがに、王都だな。《ラング領》もこれの十分の一くらい賑やかだったら良いのに。


 少しだけ、城壁沿いに進むと《緑農学苑》が、もう見えてきた。

 大きな建物が何棟もあるので、間違えようがない。

 《緑農学苑》の外周を回って、公園に向かうことにする。

 辺りには殆ど人影がなく、馬が行く小径の周りには、緑の濃い匂いがしていた。


 「〈クルス〉、もう緑が見えるよ」


 「〈タロ〉様、私、周りを見る余裕がありません」


 〈クルス〉は、まだ馬の上が怖いようだ。左右を見て、バランスを崩すことが怖いらしい。


 「それじゃ、馬を一度止めるね」


 「分かりました」


 僕は、馬を小路から少し入った、開けた場所に止めた。

 常緑樹の葉の木漏れ日が、何条も射している明るい場所だ。

 遠くに、《緑農学苑》の茶色の学舎が見えている。


 僕は、手綱から手を離して、〈クルス〉の身体を手で支えてあげた。

 こうすれば、〈クルス〉も安心して周りが見えるだろう。

 僕も、〈クルス〉のおっぱいが触れる。


 「んんん、〈タロ〉様。支えてとは言いましたが、胸とは言っていません」


 「そうか。でもここが一番支えやすいんだ」


 「んうん、普通は腰だと思います。胸ではないはずです。おまけに揉まれてますし」


 〈クルス〉は、そう言いながらも、心から嫌がっている感じはしない。

 どちらかと言うと、呆れている感じだ。諦めているんだろう。良い傾向だ。


 「〈クルス〉と二人切りになったのが、ずいぶん久しぶりなので、手が勝手に動くんだよ」


 「そんなわけないでしょう。景色が見たいので、そろそろ止めて頂けませんか」


 「このままでも、見れるだろう」


 「無理です。胸に気を取られて、景色に集中出来ません。〈タロ〉様に胸を揉まれているのに、平常心ではいられませんよ」


 「しょうがないな。他を支えるよ」


 「もお。胸以外でも、手を動かしたらダメですよ」


 〈クルス〉に、先手で釘を刺されてしまった。太ももをサワサワしようと思っていたのに。

 仕方がないので、〈クルス〉の腰に手を回した。


 細いな。すごくウエストが細い。両手で掴んだら、左右の指が引っ付きそうなほど細い。

 でも、細身な割にスタイルは良いと思う。

 ウエストがくびれているから、バストとヒップが小さく見えない。


 ほっそりしているけど、出るところは出ている。美しい身体のラインをしていると思う。

 スリップ越しではなく、早く生で見てみたいものだ。


 「〈タロ〉様、とても緑が綺麗ですね。連れて来て頂いて良かったです。心が癒される気がしますね」


 「僕もそう思うよ。遠出をしたかいがあったな」


 「あっ、あーん、あっふん」


 えっ、何か艶めかしい女性の声がしたぞ。


 「今の、〈クルス〉」


 「違います。私じゃありません」


 「じゃ、誰だ」


 声のした方を良く見ると、樹木の向こう側に人がいるようだ。

 大きな木に遮られて、見えていなかった。

 木製のベンチで、男女が座って絡みついているのが見える。

 女性が男性の膝に上に、男性の方を向いて跨っている。


 馬に跨らず、男に跨っているぞ。


 おまけに、女性の素足が、根元の方まで露わになっている。

 白い足が、そこだけ別の生き物みたいに、ひくひくと蠢いている。白昼堂々と良くやるよ。

 羨ましいぞ。


 この辺りは、人気も少ないから、格好の逢引の場所なんだな。

 ひょっとすると、今見えている男女は、不倫カップルかも知れない。

 互いに相手を貪ろうと、絡みつく様子がそう思わせる。


 「あっ、〈タロ〉様、早く、ここから離れましょう」


 「そうだな。邪魔したら悪いな」


 しばらく馬を進めると、林の奥にベンチがチラッと見えた。

 こんな風に、休憩するポイントが造られているんだな。

 それを本来の用途以外に使っていたんだな。

 素晴らしい応用力だと思う。


 「〈クルス〉、一度馬を降りて休憩しようか。疲れただろう」


 「良いですけど。変なことを考えていないでしょうね、〈タロ〉様」


 どうして分かるんだ。これだから、頭が良いヤツは困るんだ。


 「変なことは考えていないよ」


 〈クルス〉と、イチャイチャすのるのは、何も変なことじゃない。

 ごく自然な、当たり前のことなんだ。人生における必須要素だ。


 〈クルス〉の言っている「変なこと」は、さっきの男女を踏まえたものだと思う。

 〈クルス〉は、どこからが変と思っているのだろう。

 僕とは、思いが違っているが、そんなほど、気にしないでおこう。

 僕と〈クルス〉の違いは、過ごした時間とともに埋まっていくはずだ。

 いずれは、〈クルス〉に埋まるのだから。

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