第301話 〈ソラィウ〉の命運はいかに

 「〈クルス〉、馬でも良い」


 「えっ、私、乗馬は出来ません」


 「大丈夫。僕と一緒に乗れば良いよ」


 「でも。この服では、馬には乗れません。足がむき出しになります」


 「そうだな。横乗りも危ないからな。それじゃ、乗馬服を買おう」


 「えっ、乗馬服ですか。このためだけに買うのですか。もったいないと思います」


 「いや。そうでもないと思うよ。領地に帰ったら、使う機会もあるんじゃないかな」


 「そうですか」


 〈クルス〉は、あまり乗る気じゃないな。馬に乗るのが怖いのかな。

 でも、こんなのは慣れの問題だ。慣れれば、乗る気になるだろう。


 〈ベート〉の店で買うことにした。近いことは何よりだ。


 今日の〈ベート〉は、ごく普通の服装をしている。どこにでもあるような普通のワンピースだ。  〈ベート〉らしくないな。面白みのない女に、なっちまったよ。もっとイカレタ女だったのに。


 「伯爵様、救世主様。ようこそいらっしゃいました。お陰様で、太くて派手なベルトのドレスが結構評判で、人らしい生活が出来ていますのよ。グシシシ。今日は何で散財していただけますか」


 変な笑い方をするし、「散財って」って言ったよ。まだ接客は普通じゃない。


 「今日は、女性用の乗馬服を買おうと思って来たんだ」


 「乗馬服ですか。あいにくうちには、置いておりません。乗馬服はお金持ちか、貴族の方しか買われないのです。うちは、貧乏なのです」


 「それは、そうだよな。それじゃ、女性用のズボンはないのか」


 「はっ、うちは貧乏を脱却しつつありますよ。そこは、頑張っているなと、〈ベート〉を褒めて欲しかったのです。まあ、良いです。女性用のズボンで、〈クルス〉お嬢様に寸法が合いそうなのは、これしかありません。試着してみますか」


 「何が褒めて欲しかった」だ。そんなこと分かるか。褒めるところもないし、知るかよ。


 〈クルス〉は、〈ベート〉が差し出した服を手に取った。

 でも、僕を見たまま着替えようとはしない。


 「ふぅ、〈タロ〉様。着てみますので、外へ出てください」


 えー、〈クルス〉。スリップ姿は、もう見せても良いんじゃないの。

 ブツブツ言いながら、〈クルス〉のスリップ姿を思い出していると。


 「伯爵様、もう入っても良いですよ」


 「おぉ、〈クルス〉。その服も良く似合っているよ。若くて優秀な美人秘書に見えるぞ」


 〈クルス〉の着ている服は、ようはパンツスーツだ。

 上から順番に。ウエストから下が、フレアになっているダークレッドのジャケット。

 その下は、首回りと胸にレースがあしらわれた、華やかな印象の白いブラウスを着ている。

 ボトムスは、少しタイトで足首までのパンツスタイルだ。

 色は、ジャケットと同じダークレッドで合わせてある。


 「ふふ、秘書ですか。〈タロ〉様、褒めて頂いて、ありがとうございます」


 「〈クルス〉、回ってみてよ」


 「こうですか」


 パンツスタイルは、やっぱりお尻だよ。見るべきところは、ここしかないと言えるだろう。

 〈クルス〉のお尻は、それほど大きはないが、それでもパーンと張っている。

 少しタイトだから、お尻の形がハッキリと分かる。

 真ん中が窪んでいて、ムチッと両側が丸いぞ。 

 パンティーラインも見えて、中々そそるものがあるな。


 「〈クルス〉、後ろ姿もすごく良いよ」


 「もお、〈タロ〉様は」


 〈クルス〉は少し赤くなって、咎めるような目で見てくる。

 最近、僕の考えていることが、読まれている気もする。良くない傾向だな。


 「伯爵様、〈アコ〉お嬢様の分は、館の〈ソラ〉君に渡しておきますね」


 「えっ、〈アコ〉の分。〈ソラ〉君」


 「それはそうでしょう。まさか、〈アコ〉お嬢様の分はいらないのですか。私は、どうなっても知りませんよ」


 嫌な女だな。的確に弱点を突いて商売しやがる。それに、館の〈ソラ〉君ってなんだよ。

 何時の間に、君呼びになっているんだ。〈ソラィウ〉の方が、結構年下のはずだよな。


 「でも、試着しないと」


 「たぶん、大丈夫です。〈アコ〉お嬢様の身体の寸法は分かっています」


 「はぁ、しょうがないな。分かったよ」


 それにしても、館まで持ってくるのはどうしてだ。〈ソラィウ〉と会いたいからか。

 適齢期を過ぎて、〈カリナ〉も片付いたから、なり振り構っていないんじゃないのか。

 邪魔すると呪われそうだな。婚期を逃した女性の怨念は、それは恐ろしいものだと聞く。

 〈ベート〉の後ろに、メラメラと何か紫色の邪気が、立ち昇って揺らめいているのが見えるようだ。

 〈ソラィウ〉の命運はいかに。


 ベート〉は、「おありがとうございます」と深々と頭を下げてお辞儀をしてきた。

 今までの中で、一番長かったと思う。決して、勘違いしないで欲しい。


 〈ソラィウ〉との仲は、反対もしないけど賛成もしない。

 どうか分かってて欲しい。僕は、この件にはノータッチだ。何も知らないからな。

 何も責務を負わないと断言したい。


 馬車貸屋で、馬と二人用の鞍を借りた。二人なので、大き目の馬を選んだ。

 大人しい牝馬で、つぶらな可愛い目をしている。

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