第299話 心が弾む
「〈タロ〉様、海方面旅団長の拝命、誠におめでとうございます」
「ありがとうございます。旅団長の責務は、何も果していないのですが」
「ふふ、知っていますよ。〈タロ〉様が「財事局長」をやり込めて、国王からも評価されているのを。私の鼻が高くなり過ぎて、折れちゃいそうですわ」
〈アコ〉の母親は、悪戯っぽく楽しそうに笑っている。
「お母様の鼻が高くなってどうするの。〈タロ〉様は私達の婚約者ですわ」
「ふふ、〈アコ〉のお婿さんなんだもの、私の息子になって頂けるのよ。だから、鼻が高くなるのは当然でしょう」
「お母様、まだ早いわ」
〈アコ〉は少し赤くなって、僕の方を見ている。僕が何か言おうとしたら。
「この間は、強盗団も退治されたのね。さすがは英雄だと、王宮で噂になっていますよ」
「へっ、そうなのですか」
「えぇ、噂が飛びかっていますわ。《黒鷲》の対抗戦での活躍、《インラ》国の貴族の奴隷の話しに、吟遊詩人と、〈タロ〉様は王国の超有名人ですよ」
「へっ、そうなのですか」
「ご本人は、分かっておられないようですね。貴族を始め、沢山の人から注目されていますわ。お気を付けてください。〈アコ〉達も、充分気を配らないとダメですよ。あなたたちは、英雄に嫁ぐのですから」
「鼻を高くしているだけじゃダメって言うこと」
「そうです。しっかりと愛情を深め、信頼を構築することが大切だと思います。この続きはまた後でね」
ひゃー、目の前でこんなことを言われると、お尻の穴がムズムズするな。
今、尻の穴をかいたらマズイかな。
「ふぅー、《白鶴》でも、最近〈タロ〉様の話題が多いようなの。《ロロ》に忠告されたわ」
「《赤鳩》の三年生に、〈タロ〉様の側室を狙っている人がいる、との噂が流れています」
「そうでしょうね。だから、続きはまた後でね」
何だ。僕には秘密の話を三人でするのか。すごく気になるな。
それに、《白鶴》で僕の噂、《赤鳩》で側室になりたい。もっと、気になるな。
僕はモテ出したのか。すごく嬉しいぞ。心が弾むよ。ルンルンルン。顔がにやけそうになるぞ。
それにしても、初耳だ。詳しいことを聞きたい。でも、二人に聞いても答えてくれないだろうな。
「お母様、分かりましたわ」
「ぜひお話しを聞かせてください」
二人が僕の顔を見ながら、超真剣な目つきで答えている。
僕の顔を見て、どうして、そんなに真剣になったんだ。理解不能だよ。
「それに、王位継承争いに、少しだけ進展がありました。それぞれの陣営に拠点が設けられたようです」
「〈ハル〉様、場所はどの辺りなのですか」
「両者とも、「中央広場通り」に近い場所ですわ。利便性を考慮すると、自ずとこの辺りになるようです。〈サシィトルハ〉王子派は、貴族の別館として使われていた館で、〈サシィトルハ〉王子派は、営業を止めた旅館を使用しているようですわ」
「争いの趨勢は、どうなのでしょう」
「今は均衡していますわ。この王国のおよそ二割の貴族が、王位継承争いに加担しています。後の八割は様子見です。勝ち負けが決まりそうになったら、雪崩を打って勝った方につくのです。陣営の拠点が決まっただけで、これからが長いと思いますわ」
「一つに陣営に加担している貴族は、たった一割なのですか」
「そうなのよ。他の貴族は、どちらが王になっても、たいして違いがないのでしょう」
それはそうだな。僕もそうだ。直接的には、関係ない話だと思う。
穏便に王位が継承されれば良いとしか思っていないよな。
貴族だから、下剋上的なものは求めていない。
「それと、王位継承争いのもう一つの拠点は、〈タロ〉様が係わっていますね」
あぁ、あのことか。
「「南国茶店」の二階のことですか」
「そうですわ。〈タロ〉様は、歴史が動く中心にいるのですね」
「えぇ、そんな大それた話じゃないですよ。ただ、部屋を貸しただけです」
「そうでもないと思いますわ、両陣営に貸されたから、〈タロ〉様は今のところ中立です。逆に片方の便宜を止めれば、その陣営は学舎生向けの拠点をなくし、有力な貴族を一人失うことになります。〈タロ〉様は、既にカギとなっていますよ」
うーん、嫌なことを言うな。心からの親切心で、言っているんだと思う。
自分の娘も絡むからな。でも、そんな争いには係わりたくない。
そんな時間があれば、許嫁とイチャイチャしたい。その方が、よっぽど有意義だ。
「〈タロ〉様、〈アコ〉と少し散歩をしてきてください。私は、〈クルス〉ちゃんとお話をしますわ。〈アコ〉とは、その後です」
僕と〈アコ〉は、前にも行ったことがある四阿に向かった。
「〈タロ〉様、ここは思い出の場所ですね」
四阿に着いたら、〈アコ〉が懐かしそうに呟いた。
「そうだな。初めてキスをしたよな」
「うふ、嬉しいですわ。覚えていてくださったのですね」
〈アコ〉は、嬉しそうに微笑んでいる。花が咲いたような笑顔になった。
「当たり前だよ」
〈アコ〉は、少し頬を染めて目を閉じている。僕のキスを待っているのだろう。
でも、順番では、まず髪を触ったはずだ。
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