第292話 可憐

 僕達は、部屋着に着替えて、並んで座った。


 「〈タロ〉様、喉が渇いていません。お茶を持ってきていますわ。どうぞ飲んでください」


 「用意が良いな。ありがとう」


 僕は水筒に口をつけて、お茶を一口飲んだ。

 その後続けて、〈アコ〉が僕の飲んだ場所と、殆ど同じ所に口をつけている。

 間接キスだ。 今更、間接キスがどうしたと言うことじゃないけど。

 迷いなく、同じ所に口をつける〈アコ〉に、ちょっぴり胸がときめく。

 僕は、受け入れられていると強く感じる。


 「〈タロ〉様。今日は、恥ずかしいのですけど。私のドレス姿を見せようと思っていますの。前に買って頂いた白いドレスと、お母様の形見のドレスですわ」


 「へぇー、それは楽しみだな。形見のドレスは、小さ過ぎたんじゃないの」


 大きな鞄の中身は、ドレスだったんだな。


 「えぇ、そうなのですが。何とか着られるように、工夫をしてみました。可笑しなことになっていると思いますが、どうしても着て、〈タロ〉様にお見せしたかったのですわ」


 「そうか。ありがとう。早くドレス姿の〈アコ〉を見たいな」


 「うふ、慌てなくても、私は逃げたりしませんわ。少し待っていてくださいな」


 〈アコ〉が、部屋着を脱ぎ始めた。

 さっき着たばかりなのに、これじゃ着なくても良かったんじゃないかな。でも黙っていた。

 進歩しているだろう。


 〈アコ〉は、もうこっちを見ないでとは、言わなかった。

 後ろを向いているが、僕の目の間で着替えをしている。

 スリップ姿を見られるのは、もうそれほど恥ずかしくはないのだろう。

 こうして、普段のことに変っていくのだろう。

 旅館で二泊することによって、距離がグーンと近づいた気もする。

 夫人に一歩、近づいたんだと思う。


 スリップ越しに見える〈アコ〉のショーツの色は、濃い青色だ。


 濃い青色と夫人とは、直接関係はない。間接的にもないと思う。ただ、とっても良いもんだ。

 〈アコ〉の豊かなお尻を包んでいるさまは、大いなる地球、ガイアの大気だと言えよう。

 僕を幸せにしてくれる、大切なきたいだ。しかし、僕はこれを、いずれ剥がす時が来る。

 果たして、この大切なきたいを剥がして良いものだろうか。

 嗚呼、それが自然なんだ。それが、原始に始まる連綿たる定めなんだ。

 大いなる地球の投影、豊かなお尻に直に触れなければならない。

 だって、すべすべで、むにゅっとしているんだよ。


 でも、今剥がすと、大いなる災いが降りかかるだろう。

 地球が僕に、号泣の大雨やビンタの鉄槌を、下すかも知れない。

 もっと、褒め倒してから、押し倒そう。


 「えへっ、このドレスはどうですか。〈タロ〉様専用なのですわ。他の人には見せたりしないのですよ」


 〈アコ〉が今着ているドレスは、白いレースが、一杯つけられたメルヘンチックなものだ。

 ロリータと言うか、お嬢様用の甘いドレスだ。


 〈アコ〉が着ると、大きく張り出した胸とお尻が、レースのヒラヒラで強調されて、何か変な感じになってしまっている。

 胸が大きいから、すごく太って見えてしまうんだ。

 レースのついている場所も、お尻はまだ良いとして、胸の部分が良くないと思う。

 正直似合っていない。ボリュウムがあり過ぎるんだ。

 最初見た時、グラマーな雪ダルマに、白いキクラゲを付けたようだと思った。

 失礼過ぎるな。声に出して言ったら、確実に〈アコ〉は泣くだろう。


 でも、〈アコ〉はこの服に憧れているのだと思う。

 人は自分にないものを、永遠に求める生き物だ。似合わないから、余計に憧れが強いんだろう。


 「〈アコ〉、すごく良いよ。素敵だよ」


 「そうですか。本当ですか」


 〈アコ〉は、薄く塗った口紅と同じ色に、頬を染めて、とても嬉しそうだ。


 「回ってみてよ。後ろ姿も見せてよ」


 「こ、こうですか」


 〈アコ〉は恥ずかしそうに、その場で回ってくれた。

 白い裾がフワッと広がり、優美とも言える。

 ただ、空気を孕み、体積がより増えて、よりボリューミーとなってもいる。

 空気を宿した妊婦だ。雪ダルマが膨らんだな。白いキクラゲがそよいだよ。


 もう少し、ウエストを絞ったら、メリハリがついて良くなると思う。

 でもこれは、波乱を呼ぶ危険な言葉だ。

 〈アコ〉を抱いた感じ、ウエストを絞れる余地はまだあると思う。

 でも〈アコ〉は、ウエストのことを異常に気にしている。

 ウエストが太過ぎるなんて言ったら、泣き叫ぶ気がする。

 夫人から、一歩も二歩も後退するかも知れない。


 「おぉ、ものすごく可憐だ。雪妖精みたいだよ」


 スノーマンも、妖精も似たようなもんだろう。


 「もお、〈タロ〉様ったら。可憐だなんて。私、初めて言われましたわ」


 可憐が、クリティカルヒットだったようだ。胸が大きいから、可憐とは言われ難いんだろう。

 〈アコ〉が、もじもじして身体を縮めている。僕の攻撃が的確過ぎて、芯を食らったのだろう。

 核を破壊したのかも知れない。


 可憐という言葉が、〈アコ〉がこのドレスに求めるものだったんだな。


 「何度でも言うよ。また、このドレスを、僕のためだけに着て欲しいな」

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