第288話 強盗団B~E
「ひゃっほー、俺がやったぜぇ。一人片づけたぜぇ」
船長が、手柄を立てたかの様に、一人ではしゃいでいやがる。
そこに、大きな滑車がブーンと帰ってきた。振り子の原理だ。
船長は「わっ」と叫び、ヘナヘナと尻もちをついてしまって、固まっている。
その上をすれすれに滑車が通っていった。うーん、惜しい。往生際が悪い。悪運が強いヤツだな。
もう少し下だったら、良かったのに。海流に、もっと流されていたら良かったのに。
船長のあまり多くない頭髪が、二十本ほど青空に、パッと舞っただけだった。
汚らしい舞だ。
まあ、これはチャンスでもあるな。
警戒のためか、強盗団の二人目、強盗団Bは、船に乗り込むのを躊躇しているようだ。
結果的に、貴重な時間が稼ぐことが出来た。
「誰か。オールを持ってきてくれ」
僕の願いに、副旅団長の奥さんが、応えてくれた。
長いオールを二つも小脇に抱えて、持ってきてくれようとしている。
何て頼もしいんだ。何て力強いんだ。秘書は、奥さんで決まりだな。
この奥さんなら、船長を抱え上げて、海に放り投げてくれるだろう。
〈アコ〉と〈クルス〉も、必死に応えようとしてくれている。
涙でぐちゃぐちゃになった顔で、オールを二人で抱えて、僕の方へ歩いてくる。
涙で前が見えないのか、オールが重たいのか、よろよろしているけど、歩みを止めることはしない。
一歩一歩、僕に向かって近づいてくる。
僕は二人を、迎えに行かなくてはならない。どうしてもだ。
二人の傍に駆け寄って、オールを二人から受け取った。
「〈アコ〉、〈クルス〉、ありがとう。これでもう大丈夫だ。心配いらないよ」
「ふふぇーん、じゃろだまわ」
「ひっぐ、ひっぐ、ふぁろたま」
僕と〈リク〉と水夫長が、オールを武器と出来たので、状況はすこぶる好転した。
船長は、腰を抜かして座り込んだままで、本当に役立たずだ。
顔が惚けているし、たぶん、チビッているはずだ。下が緩い、汚い中年男だよ。
僕と〈リク〉と水夫長は、縄を伝って上がってくる強盗団を、オールで代わる代わる突くという、単調な作業を繰り返した。
縁から頭が出たら、突くという一見簡単なお仕事だ。モグラたたきに、似てなくもない。
でも、このモグラは頭を出す時に、偃月刀を振り回すのがとても厄介だ。
暴言も、唾も吐く。とても汚い。
オールも、偃月刀で徐々に切られて、今にも折れそうで嫌になる。イライラさせられる。
折れたら、ギザギザで目をついてやろう。
でも、十回くらい突いたら、ゲームオーバーとなった。モグラは全て活動を停止した。
強盗団B~Eは全員海に落ちて、海方面旅団兵が捕まえたようだ。
ただし、滑車に顔を潰された強盗団Aは、帰らぬ人となった。顔面が完全に陥没してたそうだ。
もし、僕が特別なスキルを持ってなかったら。それは僕の運命だったと思う。
そう思うと、少しチビッてしまったよ。仕方がないと思う。陥没したんだよ。
その後、船上は大騒ぎになった。恐怖と緊張から、解き放されたからだ。
家族が抱き合って喜んでいる。泣いている人と、笑っている人がいる。
僕は沢山のお礼と称賛を貰った。
僕と〈アコ〉と〈クルス〉が、抱き合っているのに、構わず話しかけてくるんだ。
皆、今だけ、大概のことが気にならないんだろう。喜びを誰もに、伝えたいんだろう。
〈アコ〉と〈クルス〉の顔は、今も涙でぐちゃぐちゃだ。
お化粧は剥げて、顔が斑になっているし、目も赤く腫れている。
でも、とても可愛いし、綺麗だと思う。なぜだかは、僕にも分からない。
理由なんかどうでも良い。僕が二人を愛しく思えるのが、とても素晴らしいことだと思う。
自分が、嫌なヤツでなくて良かった。
僕は、〈アコ〉と〈クルス〉の頭を静かに撫ぜ続ける。
何だかんだがあったが、無事お披露目は終わった。無事か。
一人もけが人出なかったのだから、無事なんだろう。けが、少し舞っただけだ。
〈セミセ〉公爵と〈バクィラナ〉公爵達は、一回目の乗船会が終わった後、直ぐに帰られた。
立食パーティーは、ないのだから当然だ。
ただ、強盗団騒ぎがあった僕達は、もう一泊することになった。
騒ぎが終わった時には、もう夕方になっていたんだ。
昼食抜きとなったが、食べている場合じゃなかった。結構大変な目に遭ったからな。
それで、ご苦労さんということで、夕食会をすることになったんだ。
船長が、奢れと五月蠅かったんだ。
どうして、コイツに奢らなくてはならないのか。理解が追い付かない。
船長の言い分は、一番の危機を救ったのは、自分であるという主張だ。
僕のスキルがなければ、最悪のことをしたくせに。
何も分かっていない主張が、腹の底から腹立たしい。
船長の首を両手で締めたら、汚い声で「クッ」「クッ」と鳴くだろう。
今直ぐ哭かせてみたいな。
でも、特別なスキルことは、秘密にしておきたい。知られると色々ヤバイ気がする。
船長の戯言には、反論しないでおこう。腹が煮えくり返るが、聞き流そう。
僕は、大人の対応が出来るんだ。
それに、心から奢りたい人もいる。それは、副旅団長の奥さんだ。本当にこの人は素晴らしい。
心からご苦労様と、言わせて欲しい。
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