第287話 強盗団A

 「〈タロ〉様、ご立派な演説でした。皆さん、落ち着きを取り戻しましたわ。ご武運をお祈りします」


 「先ほどの〈タロ〉様は、凛とされていて、大変頼もしかったです。私、信じています。〈タロ〉様が、人並み以上に鍛錬をされているのを、良く知っています。だから、心配はしません」


 〈アコ〉と〈クルス〉は、そう言いながらも、泣きそうな顔になっている。

 無理もない。実は、僕も心配だ。少し泣きそうだし、少しちびりそうだ。

 相手は凶悪らしいからな。怖いよ。


 「二人とも、船倉か船室に隠れてくれ。大丈夫だよ。心配しないで。だてに鍛錬を積んでいるわけじゃない。それに、僕一人じゃないよ」


 「分かりました。くれぐれも、気をつけてください」


 「〈タロ〉様、決して無理をしないでください。御無事を祈っています」


 「船長、水夫長、〈リク〉こっちへ来てくれ」


 僕は、乗客を船倉に誘導している三人を呼びつけた。


 「ご領主様。まさかこんなことになるとは思わず、短剣しか持ってきておりません。しかし、強盗団の五人くらい何とかしてみせます」


 そうか。そうだよな。短時間のクルーズだったからな。僕も儀式用のサーベルだけだ。


 「はぁ、こんなことになっちまうとは、思わなかったぜぇ。俺の強運は、どこの海流に運ばれていっちまったんだょ。飛び烏賊に流れカモメに、なっちまったょ」


 言っている意味が、全く分からん。


 「ご領主様、分かっておりやす。ただ、こんな得物しかねえんで、どうしやす」


 〈リク〉は、自分の迂闊さを怒っているのか、ものすごく怖い顔をしている。

 コイツ、怒ると悪鬼のような顔になるな。夢に見そうだ。絶対、怒らせないようにしよう。


 船長は、半分以上泣き顔だ。中年ジジイの泣き顔は、汚いだけだ。見苦しいし、情けない。

 〈アコ〉と〈クルス〉の泣き顔は、可愛いのに、どうしてこうも違うのだろう。

 きっと、品性の差なんだろう。


 水夫長は、これからの戦いを思ってか、グッと引き締まった顔している。

 責任感に溢れる、渋い男の顔だ。海と経験が削り上げた、いぶし銀の品格が感じられる。

 どうして、水夫長が船長ではないのだろう。船長は、もうクビにしちゃおう。


 ただ、水夫長の心配はその通りだ。

 〈リク〉は短剣だけだし、船長と水夫長は、武器を何も持ってない。

 僕は装飾過多のサーベルだけだ。


 どうしたものかと、頭を捻っていると、「ガキッ」という音が右舷に響いた。


 小舟から、鉤つきの縄が投げ込まれたんだ。

 鉤は船の縁に固く喰いつき、縄はピンと張っている。

 縄を伝って、強盗団が昇ってきているんだ。慌てて、四人が右舷に走った。


 強盗団Aは、今にも船の縁を乗り越えようとしている。

 僕は、腰のサーベルをサッと抜き放ち、銀色に輝く刀身を煌めかせた。

 そして、間髪入れず流星のように振り抜いた。

 強盗団の一人が、縁に頭を出した最高のタイミングでだ。


 「ヘチャ」


 あれ、音が変だぞ。何か柔らかだぞ。


 「キャー、〈タロ〉様。剣が、剣が折れていますわ。早く逃げて」


 「いやー、〈タロ〉様、強盗が船に乗り込みました。船室に、船室に早く」


 船室から見ていた〈アコ〉と〈クルス〉が、状況を教えてくれた。

 ひゃー、サーベルが、くにゃっと折れ曲がってしまっている。

 このサーベルはなんだ。もろ過ぎる。いくら儀式用とはいえ、これはないんじゃないか。

 確かに軽いと思ったけど。


 「アハハハッ、何だ。その玩具は。家でママと遊んで貰えよ。この口だけ塩伯爵め。死ねや」


 強盗団Aの言うとおり、これは玩具だ。あんたが正しい。

 強盗団Aは、刃渡り五十cm位の偃月刀を斜めに構えている。

 幅広で三日月のような刀身が禍々しい。

 刃の表面の曇りは、極最近に人の脂を切り裂いた跡だと思う。


 一方、僕にはサーベルの鞘しかない。

 でも、装飾が邪魔だけど、鞘の方が刀身よりは丈夫みたいだ。

 一回だけだけど、強盗団の斬撃を受け流すことが出来た。

 有難いけど、どういうことだ。薄いけど、筒状になっているからか。


 強盗団Aを、僕と〈リク〉が何とか押さえている状況だ。僕は鞘だし、〈リク〉は短剣だ。

 厳しい状況が続いている。


 「若領主、頭を伏せろ」


 突然、船長が叫んで、僕の後ろか死が襲ってきた。


 「キャー」「いやー」と、また〈アコ〉と〈クルス〉が、悲鳴をあげている。

 後ろを振り返ると、船の大きな滑車が、僕の方へ一直線に突進してくるのが見えた。

 船長が帆のロープを切って、大きな滑車を振り子のように、強盗団にぶつけようとしたんだ。

 問題は、強盗団より僕の方が、早くぶつかると言うことだ。


 船長の野郎。僕を殺す気か。ふざけてやがる。絶対、船長をクビにしてやる。


 僕は、スキルを使い、瞬時に身体を沈ませて滑車を避けた。

 それでも、頭髪が三本くらいは持っていかれたぞ。

 虚を突かれた強盗団Aは、顔をもろに滑車に潰され、血を噴き出しながら、海へと落ちて行った。 

 僕に特別なスキルがなかったら、僕の顔がひしゃげていた。

 背中に戦慄が走る。船長に殺意が芽生える。

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