第286話 凶悪な強盗団

 乗船会の乗客は、興味津々で成行き見守っている感じだ。

 僕も聞き耳を立てている。副旅団長に、視線が集中しているな。

 副旅団長の独壇場だ。肩がピクピクしているのは、背中に沢山の視線を感じているんだろう。


 「旅団長様、報告申し上げます。凶悪な強盗団が、あの小島に逃げ込んだため協力を要請されました。要請先は《アンサ》の町役人です」


 ほう、強盗団を追っていたら、小舟で海に逃げられたのか。


 「それで、要請内容は」


 「はっ、申し上げます。この船に乗船中の海方面旅団兵が、あの小島へ上陸して、強盗団の捕縛に協力して欲しいとのことです。強盗団の人数は五人とのこと。町役人は十人おり、乗船中の海方面旅団兵は二十人です」


 なるほど。五人対十人では、町役人の方も無事に済まない可能性がある。

 相手は、追い詰められて、死に物狂いなっているからな。

 でも、五人対三十人となっては、強盗団も無駄な抵抗をしないということか。


 「それで、副旅団長の判断はどうなんだ」


 「はっ、わたくしの判断を申し上げます。町役人と旅団兵を合わせて、三十人です。凶悪と言っても、強盗団は五人です。慎重に取り囲めば、それほどの危険はないと考えます。それに、これは文句なしの善行であり、海方面旅団を王国中に、喧伝する好機と思慮されます」


 まあ、そうだよな。お披露目の乗船会より、強盗団を何とかする方が、よっぽど大事だな。

 町役人の要請を断るのは、今後の海方面旅団の評判に係わる問題でもある。


 「そうか、分かった。副旅団長の判断を採用する」


 「はっ、ありがとうございます。早速、強盗団の捕縛に赴きます」


 副旅団長と旅団兵達は、短艇を降ろして小島へ上陸していった。

 皆、家族にかっこ良いところを見せたいんだろう。

 必要以上に大きな声を出して、動作も大袈裟になっていた。

 まるで、少学校の学芸会のようだ。出し物は、カリブの海賊かな。

 必死に笑いを堪えたよ。家族も笑うことになるからな。


 船に残った僕達と、旅団兵の家族は、小島で繰り広げられる捕り物を、見物することになった。

 副旅団長以下の旅団兵達は、町役人と合流して、小島を時計回りに強盗団を追い詰めるつもりらしい。

 小さな島だから、直ぐに決着がつくと思う。


 でも、三十人もいるんだから、二手に分かれて挟み撃ちにした方が、良いんじゃないのかな。

 まさか、十五人対五人が怖いわけじゃないだろう。


 捕り物隊が、勇ましく海岸線を進んで行く。強盗団は、追われて着岸地点に、戻りつつある。

 うーん、これじゃ、また小船に乗ってしまうんじゃないのか。


 捕り物隊も、今気が付いたようで、慌てて半分が逆方向に走っているようだ。

 でも、間に合いそうにない。もう直ぐ、強盗団は小舟に乗り込みそうだ。

 あぁ、もう一回海上鬼ごっこが始まるぞ。これは長くなるな。


 小舟に乗り込んだ強盗団は、町の方へ逃げていっていない。

 あっ、この「青と赤の淑女号」に、向かってきている。


 なるほど。三十人の武装勢力に追われているんだ。

 逃げ回っても、いずれ捕まると判断したんだな。それはそうだと思う。

 だから、「青と赤の淑女号」の乗客を人質にして、逃げようと考えたんだ。

 確かに、それが一番良い方法だと、僕も思う。

 この船を制圧出来れば、外洋に逃げられる。小舟では、もう追ってこれない。

 しかも、人質の金品を巻上げられるし、闇のルートで奴隷に売れるかも知れない。

 良いこと尽くめだ。


 それに一番都合の良いことは、今はこの船には、兵隊が一人もいない。

 いるのは、その兵隊の妻と子供だけだと言うことだ。

 高齢の親も少しいるけど、状況に大差はない。


 「きゃー」「大変だ」と、船内から悲鳴が上がった。


 乗客が、強盗団の狙いに気が付いたみたいだ。船内が大騒ぎになっている。

 皆、右往左往して収拾がつかない感じだ。

 これで、強盗団が乗り込んできたら、集団パニックになってしまうぞ。

 強盗団に暴力を振るわれる前に、自分達で怪我をしてしまいそうだ。


 「乗客の皆さん。落ち着いてください。私は、海方面旅団長の《ラング》伯爵です」


 僕が大きな声で呼びかけると、少し騒ぎが治まった。

 でも、まだ皆青い顔でささやき合っている。何かしていないと怖いのだろう。


 「皆さん、心配しないでください。僕の胸に付けている、この勲章を見てください。《ベン》島奪還の戦争で頂いた、武勲の勲章です。強盗団の五人くらい、何のことでもありません。一瞬で蹴散らせてご覧にいれますよ」


 「おぉ、戦争の英雄様だ。《ラング》伯爵が、残っておられるのを忘れていました」


 「あれは、王国軍最高の勲章なのよ。他に持っている人はいないのよ」


 「お若いのに、こんな状況でも、堂々としておられるのね。何だか安心してきたわ」


 さっきまで、ガヤガヤとささやき合っていた乗客が、今は、黙って僕の顔を見詰めている。


 「皆さん、甲板では、僕が強盗団を片づける時に、嫌なものを見るかも知れません。特に子供さんには、見せたくないものです。ですから、皆さんは船倉か、船室に移動してください。お子さん連れは、船倉が良いと思います。嫌な声や音も聞こえ難いと思います」


 乗客達は、僕の指示を素直に聞いて、船倉や船室に入っていった。

 甲板にいては、危険な目に遭うと思ったんだろう。

 まあ、これで一先ず安心だ。

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