第285話 素敵な奥さん

 「やはり、お若いのは羨ましいですね。今のうちに、楽しむことです」


 〈セミセ〉公爵は、いかにも中年が、言いそうなことを言ってきた。


 「《ラング》伯爵様、お嬢様方。素晴らしい日に、お披露目が出来て良かったですね。それとあなた、「若いのは羨ましい、今のうち」ってどういう意味なのかしら」


 〈セミセ〉公爵夫人は、ニコニコとお上品に笑っているけど、目はそうじゃない。

 〈セミセ〉公爵が、小声で必死に弁解を始めている。

 ただその弁解は、あまり効果的ではないようだ。長く弁明が続いている。


 副旅団長の司会で、お披露目が始まった。参集者の大きな拍手が嬉しい。

 ただ、副旅団長は張り切り過ぎて、良く分からない無駄な動作を繰り返している。

 司会なのに、どうして首を激しく振る必要があるんだ。単独コンサートのつもりなのか。

 気持ち悪くて、かなりウザい。


 集まった人を、リラックスさせるためか、面白くもない冗談も交えている。

 殆どの人は、クスリとも笑っていない。僕も全く笑えなかった。サムイという現象だ。

 しかし、ある一角だけが、わざとらしく爆笑している。

 一角の中心で、三十代後半の太った女性が、一際大きな声で笑っているのが見える。

 どう見ても嘘笑いだ。

 でも、周りがシーンとしているのを覆そうと、一生懸命声を出して笑い続けている。


 不意に涙が、零れそうになった。


 あれは、副旅団長の奥さんだ。あの一角は、副旅団長の家族と親戚に違いない。

 こんな人格を否定されかねない、恥ずかしいことを、夫のために出来る素敵な奥さんがいるのに、美人秘書を雇うとしたのか。

 副旅団長、あんたは鬼畜だよ。

 旅団長である僕が、雇ってもいないのに、十年早いと言いたい。

 ちゃんと、順番は守って欲しいな。


 僕の挨拶の番だ。直ぐ横に〈アコ〉と〈クルス〉が、並んでくれている。心強い限りだ。

 スピーチとスカートの丈は、短い方が好きなので、挨拶は簡単に終わらせた。

 でも、盛大な拍手を貰ったし、少し感激した人もいたようだ。


 「海方面旅団、おめでとう」「旅団長様、ありがとう」と言う声も、なぜだが感動しているように聞こえる。

 副旅団長の奥さんのことを思って、涙ぐんでいたのを勘違いされたらしい。

 〈アコ〉と〈クルス〉も、涙ぐんでいる。二人も、副旅団長の奥さんのことを思ったのだろう。

 同性だから、もっと胸が一杯になったと思う。〈アコ〉なんか、パツンパツンだ。


 〈セミセ〉公爵と〈バクィラナ〉公爵の来賓挨拶も終わって、後は新造大型船「青と赤の淑女号」の乗船会だ。

 通常は、立食パーティーをするらしいのだが、悲しいことにお金がない。

 海方面旅団は、貧乏なんだ。


 だから、副旅団長。美人秘書はキッパリと諦めて、奥さんを秘書にしろ。

 奥さんなら、家族割引が効くだろう。


 乗船会は、人数が多いため、二回に分けて実施することにした。

 一回目は、当然来賓を優先する。 僕と〈アコ〉と〈クルス〉は、二回目に回ることになった。

 でも、それほど待つ必要はない。湾内をちょっとクルーズするだけだ。

 お披露目を、昼前に終わらせる必要があるんだ。

 立食パーティーがないのだから、お昼ご飯は各自で、食べて貰う必要があるんだよ。


 海方面旅団兵の家族と話していたら、直ぐに一回目が帰ってきた。

 早過ぎる気もするが、風景が良いところには、近づかないようにしているから、こんなもんだと思う。

 風景が良い、岩礁地帯とか崖の近くは、座礁の恐れがある。

 今の操船技術では、自殺行為にしかならない。


 二回目の乗船が始まった。

 乗る込む時に、〈アコ〉と〈クルス〉の手を引いてあげた。

 僕は紳士で、〈アコ〉と〈クルス〉は淑女だから、当然のマナーだと思う。

 船の名前が「青と赤の淑女号」だからな。決して二人と手を繋ぎたかったわけじゃない。

 二人からは、「もう離してください。皆が見ています」とは言われたけど。


 乗船会のクルーズは、湾内に浮かぶ小島を一周するコースらしい。

 副旅団長が、また張り切って甲板上で説明している。でも、あまり聞いている人はいない。

 乗船客は、自分の夫やお父さんの働きぶりを見ている人が、多いようだ。それはそうだよな。

 でも、心配はいらない。副旅団長の奥さんと子供が、直ぐ傍でニコニコと嬉しそうに聞いてくれている。

 それだけで、充分だろう、副旅団長。

 ただ、どう見ても張り切り過ぎだ。後で反動が来ても知らないぞ。だけど、心配ないとも思う。

 奥さんの体格なら、副旅団長の一人ぐらい楽々運べるだろう。本当に良い奥さんだ、安心出来る。


 小島に近づいて行くと、小舟が数隻追いかけっこをしているのが見えてきた。

 遊んでいる風には、見えない。逃げる方も、追いかける方も、必死の様子だ。

 この鬼ごっこは、一体何のためにしているんだろう。

 追われている三隻が、小島へ着岸して、上陸していく。六人くらいか。

 追っている方の船は、この船に近づいてきた。何事が始まるのだろう。

 役人らしい一人が、船に上がってきて、副旅団長と話しているようだ。 

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