第283話 副旅団長室

 そうだ。あれだけ妄執していた副旅団長室は、どうなったんだ。


 「副旅団長室は造ったのか」


 「それはもう、造りましたよ」


 案内された副旅団長室は、直ぐ隣だった。それはそうか。

 大きさは、旅団長室と変わらない。いや、同じ大きさにしか見えない。

 普通、旅団長室の方が、大きいんじゃないのかな。机もソファーも壁紙も、全部同じものだ。

 はぁー、差が何もないぞ。おまけに付属の秘書室まである。

 旅団長室にはなかったぞ。どう言うこと。


 「差がないな。それに秘書室か」


 「同じ物を二つ買うと、値引きされるのですよ。旅団長様も、予算をご存じでしょう。それに、私はここで実務があります。多くの執務をこなすのに、どうしても秘書が必要なのですよ」


 僕は、旅団長室を滅多に使わないから、これで充分だろうってことか。

 いつも不在で、実務は副旅団長に任せるんだから、秘書の必要はないって言っているんだな。

 理屈は分からないでもないが、どうも引っかかるな。


 「へぇー、秘書は見つかったの」


 「それが、美しく若い有能な女性を、雇おうと思っているのですが、妻が難色を示しているのです。どこから漏れたのか、知っているのですよ。挙句の果ては、妻自身が秘書をするって言う始末です。旅団長様も、それはおかしいと思いますよね。ハハハッ」


 コイツ、自分の煩悩順に、言葉を並べているだろう。「美しく」が最優先で「若い」が次だ。

 一番必要な「有能」が一番後だよ。やましさが、春の陽気で満開だ。

 それを、たぶん部下に告げ口されてやんの、バーカ。


 副旅団長室が出来た嬉しさで、頭がお花畑状態になっているんじゃないのか。

 何か危険な脳内物質が、大量に分泌されたのに違いない。


 「副旅団長さん、笑いごとではありませんわ。奥様が秘書。大変良いことだと存じます。私は奥様を、全面的に応援いたしますわ」


 「奥様が、副旅団長さんを公私両面で支える。素晴らしいと思います。理想的な関係だと思いますよ。ぜひ実現出来ると良いですね」


 〈アコ〉と〈クルス〉が、ずいぶん怒っているな。

 他人事のようだけど、旅団長夫人としては、旅団兵の妻のことも気にかける必要がある気もする。


 「へぇー、そんな」


 「ははははっ、良いじゃないか。夢だった副旅団長室が出来たんだから、充分だろう。奥さんに、毎日自慢出来るぞ」


 「〈タロ〉様も、他人事ではありませんわ。美人秘書は許しませんよ」


 「そうです。美人秘書を雇う必要性は、全くないと思います。もしあるのなら、必要性をご教示願いたいものです」


 僕も、とばっちりをくったじゃないか。

 「美しく若い秘書」でなくて、「有能な人を雇用しろ」と、すぐさま僕が言わなかったのが、気にいらないのだろう。

 でも、副旅団長の気持ちは、痛いほど良く分かる。

 僕も一度で良いから、「美しく若い女性秘書」を雇ってみたい。

 誰もが一度は、見る夢なんだよ。それが実現出来るんだ。少し狂ってしまうのもしょうがない。

 夢ぐらい見さしてやれよ。

 うーん、そうか。当たり前だけど、女性の夢はまた違うのか。

 女性秘書の夢は、全く理解出来ないんだろうな。


 「そ、そうか。知ってると思うけど、僕の秘書は男だよ」


 「それで良いのですわ」


 「さすが、〈タロ〉様です」


 僕の株が上がったのか。とてもそうは思えない。太い釘を刺されただけだと思う。


 「副旅団長、この上の三階には何があるんだ」


 「うー、えーと。はっ。三階は倉庫です」


 副旅団長は、妻が秘書になってしまう恐怖で、固まっていたようだ。

 僕の問いかけで、全身の金縛りが溶けて、ぎこちなく話始めた。

 そんなに、奥さんが嫌なのか。

 家でも仕事場でも、常時一緒では、息が詰まるのは、分かる気がするけど。


 「四階は」


 「四階も倉庫です。ただし、外壁の梯子を登って行くしかないので、実用性は殆どありません。空っぽです」


 「そ、そうなのか。何のために」


 「当然、見栄です。この町一番の高さになりました。海方面旅団本部は、威風堂々と言えるでしょう。おまけに、空っぽですから、建物に構造上の負荷もかけません」


 うーん、何かが、間違っているような気がするな。ただ、何も言うまい。


 次に僕達は、大型新造船というものを見に行った。新造大型船だったかな。


 「おーい。若領主。お披露目に来たのか、ご苦労なこったな」


 げぇー、船長がいるぞ。朝から、中年ジジイはキツイな。


 「許嫁のお嬢ちゃんも、久しぶりだな。益々べっぴんになってきて、色っぽいぜぇ。若領主には、もったいないなぁ」


 「うふ、お早うございます。そう言って貰えて嬉しいですわ。船長さんも、お元気そうでなりよりです」


 「ふふ、お早うございます、船長さん。褒めて頂いてありがとうございます。お久しぶりですね」


 はぁー、〈アコ〉と〈クルス〉は、こんな中年ジジイに褒められて嬉しいのかよ。

 僕には、もったいないと言われて、有難がるってどういうことだ。


 「どうして船長が、ここにいるんだ」


 「俺か。俺は、鹵獲船の運航指導を頼まれたんだぜぇ。人助けってもんよ」


 人助け。そのツラで。その品性で。

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