第282話 扉は本物
そうじゃないんだ。違うんだ。
この建物に、どんなインチキを施したのかと、僕は悲しく考えているんだよ。
煉瓦は、たぶん煉瓦じゃなくて、煉瓦に見える薄いタイルの様なものを、ペタペタと張り付けたんだろう。
四階建てに見えるのは、屋根の上に無理やり、何か構築物を置いたんだと思う。
見かけだけ、見栄を張っているだけなんだ。そうに決まっているんだよ。
本部の入口には、海方面旅団兵が歩哨として立っている。扉の両側に、一人ずつだ。
海方面旅団の少ない人数で、良く歩哨に人員が割けたな。
「旅団長様、ご夫人方、おはようございます」
「お早う」
「えっ、おはようございます」
「あっ、おはようございます」
〈アコ〉と〈クルス〉は、夫人と言われて吃驚したようだが、少し赤くなって挨拶を返している。
婚約者だと訂正するのは、止めておこう。
二人はそれほど嫌がってはいないようだし、何より邪魔くさい。
重厚な木製の扉を、歩哨が左右に開けてくれた。この扉は本物みたいだな。
扉は一番目立つものだから、インチキが効かないと思って本物にしたんだろう。
側面を見ると、壁の厚さより、扉の方が厚いのが分かる。壁はペラペラだ。
やっぱり煉瓦造りではなかった。
扉の蝶番部分が、何年持つのだろう。扉の重さに対しての、壁の強度が心配になる。
「お役目ご苦労様、何時も歩哨に立っているのかい」
「はははっ、今日だけですよ。何といっても、今日はお披露目ですから、見栄を張っています」
「それに、来賓の方に自分で、扉を開けて貰うわけにもいきませんしね。扉を開けておけば良いのですが。この扉は本物なので、ぜひ皆様に見て欲しいのですよ」
「そうだろうな。頑張ってくれよ」
「はい。任せてください」
「はい。頑張ります」
扉は本物だから、見て欲しいのか。後はどうなんだろう。偽物なんだろう。怖いな。
僕達は、帽子を脱いで本部の中へ入っていった。
〈アコ〉と〈クルス〉は、昨日買ったばかりの帽子を、大切そうに手で持っている。
中に入ると、広い。ただ広い。天井も高い。元々倉庫だったからな。
雑多な荷物を片づけると、こんなに広い空間が生まれるんだ。
圧倒的な広さで、度肝を抜こうという腹か。それだけなんだけど。
内壁は明るい色の木製パネルで、統一されている。
新しい木の匂いが、プーンと香って清々しい感じだ。
でも、これも元の壁に、薄い木の板を張り付けただけだと思う。壁紙みたいなものだ。
内装をそっくりやり替える予算は、とてもじゃないが、なかったはずだ。
「旅団長様、ご夫人のお二人様、おはようございます。本当は婚約者様ですが、もう夫人で良いですよね。その方が、分かりやすいですものね。直ぐに結婚されますし、問題ありません」
コイツは、自分の都合を優先させてやがるな。何が「問題ありません」だ。お前が決めることか。
「お早う。副旅団長。調子が良いな」
「あっ、おはようございます」
「えっ、おはようございます」
〈アコ〉と〈クルス〉は、直ぐに結婚すると言われたのが恥ずかしいのか、嬉しいのか。
また少し顔を赤くして挨拶を返している。婚約者だと訂正するのは、諦めようかな。
確かに、婚約者以上とか、準夫人とか、説明し難いな。
僕自身も良く分からない。上手く説明出来そうにないな。
〈アコ〉と〈クルス〉が言っていた、私達のお披露目とは、こう言うことか。
公式行事に列席させるっていうことは、二人をもう実質嫁だと発表することになるんだな。
こんな乱暴とも言えることは、貴族である領主だから許されるんだろう。
権力を持っているからな。ある程度自分の思いどおりに出来る。
世間的には、学舎在学中だから結婚はまだだけで、既に事実婚状態だと思うんだろう。
〈アコ〉と〈クルス〉の言っていたことが、今ようやく得心出来た。
「旅団長様、もし天候が悪ければ、ここでお披露目をと考えておりました。でも、精進が良かったので今日は快晴です。お披露目は、新造大型船の前で執り行いますです」
けっ、自分の精進が良かったから、晴れたように言いやがって。僕の精進のお陰と言えよな、この。
それに、新造大型船ってなんだよ。一度沈んだ船じゃないか。良く言うよ。
事情を全て知っている僕に、見栄を張ってどうするんだ。
まさか、見栄を張っているうちに、自分でも信じてしまったのか。コイツ、大丈夫なのかな。
「新造大型船って、すごいですわ」
「さすがは海方面旅団ですね」
「ははっ、それはもう。次は二階を案内します。二階には、旅団長室がありますです」
二階の旅団長室は、少し小さい気がする。
執務机とソファーとテーブルで、もう空きスペースが殆どない。
でも、予算がなかったから、こんなもんだな。
〈アコ〉と〈クルス〉も、「ここが旅団長室ですか」と言うだけで、褒めることはしない。
いや。褒められなかったのが正しい。
机とかソファーは、高級品でもないし、壁紙も単色で実用一点張りだ。
何か儲かっていない会社の役員室って感じなんだ。下手に褒めたら、嫌味にしかない。
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