第281話 渾身の一言

 僕は、首をキョロキョロ動かして、二人の先っちょを交互に観察した。

 全く隠す気がないと、見えても有難味が減るのはどうしたものだ。

 温泉文化じゃないんだから、少しは恥じらって隠して欲しいよ。

 それでも、この機会に目一杯目に焼き付けておこう。


 僕は、先っちょを見ながら、礼服を着用し始めた。

 上着とズボンをはくだけで、ごく簡単なものだ。直ぐ出来る。猿でも出来る。

 ついでに軍の制帽を被り、儀礼用の装飾過多のサーベルを腰に吊るした。

 僕は準備万端だ。後は会場に行くだけだな。

 そうだ。勲章と旅団長の襟章を、着けるのを忘れてはいけない。

 〈アコ〉と副旅団長に、厳しく言われていたんだ。


 「僕の準備は出来たよ」


 「私の準備はまだですわ。待っててください」


 「私ももう少しかかります。〈タロ〉様は、あいさつの練習でもしててください」


 二人は、僕の方を見もせずに言い放ってくれた。少しイラついているように感じる。

 前髪が、決まらないのかも知れない。


 僕は、もごもごと、あいさつの練習をすることにした。他にどうしようもない。

 二人は、お化粧を終えて、ドレスを着ようとしている。ドレスは、舞踏会で着ていたものだ。


 「〈タロ〉様、こっちへ早く来て。背中の紐を結んでください」


 「私も、結んで。早くして欲しいですわ」


 「はーい」


 僕は逆らわず、言われたとおり素早く紐を結んだ。猿回しの訓練された猿のようにだ。

 二人の声に、逆らってはいけない信号を強く感じたんだ。

 胸やお尻を揉み過ぎて、止めて欲しいと言われた時より、逆らってはいけない雰囲気を強く強く感じたんだ。

 そりゃ言うことを聞くしかないだろう。僕は、猿回しの猿なんだから。


 二人は、少し乱れた髪を梳き直して、お化粧の確認をしているようだ。

 「うーん」と唸っている声がしている。何か気に入らないことがあるらしい。

 絶対に、何が気に入らないかは、聞かないぞ。


 やっと立ち上がって、前後左右を鏡に映しているのが見える。どうやら完成したようだ。


 「用意が出来ましたわ。〈タロ〉様、見てください」


 「お待たせしました。〈タロ〉様、どうでしょう」


 二人の姿を正面から見る。素敵なお嬢様って感じだ。上品そうに見える。

 そうじゃない。実際も上品だった。でも、当たり前だけど、舞踏会の時とそんなに変わらない。

 あれから、一年も経っていないからな。


 「〈タロ〉様、変らないって思ったでしょう。〈タロ〉様が、急に言うからですわ。今度は、ドレスが新調出来る余裕を与えてくださいね。約束ですわ」


 変ってないと思ったのが、顔に出てたかな。なんて怖いんだ。心の中を読まれている。

 〈アコ〉は、サトリの眷属じゃないよな。〈サトミ〉の方が近いか。

 ドレスを新調って、またおねだりするつもりだな。檸檬で儲けていると思われたのか。


 「〈タロ〉様、私は変ではないですか。よーく見てください。私は、このドレスしか持っていないのです」


 「このドレスしか」の「しか」の部分が、強調されていた気がするな。

 このドレスのことを、確か宝物と言っていたよな。


 「二人とも、すごく似合っているよ。前よりも、グッと女らしさが増したと言うか。もう大人の女性の魅力だな。美人に磨きがかかって、惚れ直したよ」


 僕の渾身の褒め言葉だ。必死に言葉を繋いだ。これ以上無理だ。死力を尽くしたと言いたい。


 「うふ、〈タロ〉様、また褒めすぎですわ。困ってしまいます」


 「ふふ、そうですか。似合っていますか。〈タロ〉様に褒められたら、もう怖いものはありません」


 二人とも、モジモジしながら、顔を赤らめている。

 渾身の一言が効いたみたいだ。チョロインだな。簡単に機嫌が良くなり過ぎて心配になるな。


 「さあ、行こうか」


 「〈タロ〉様、少し待ってください」


 「なに」


 「勲章が曲がっていますわ」


 「髪の毛が少し跳ねていますよ」


 〈アコ〉は勲章を直してくれて、〈クルス〉が髪をもう一度梳かしてくれた。

 僕のことに、関心をなくしたわけじゃないんだ。褒めるって、大切なことだな。


 お披露目の前に、海方面旅団本部を確認しに行こう。

 お披露目をするのに、旅団長が本部を見たこともないのは、良くないと思う。呆れた話だ。


 本部に近づいていくと、煉瓦造りの大きな建物が見えてきた。真新しい大きな建物だ。

 周りの建物より、抜きん出て高い。四階建てなんじゃないのかな。幅もあるぞ。

 えー、こんなの前来た時はなかったよ。何時の間に出来たんだろう。

 煉瓦だから、土属性魔法でパパッと造ったのか。


 もっと近づくと、何とこれが海方面旅団本部だった。

 壁に【 王国軍 海方面旅団本部 】と銘板が張り付けてある。

 人間の背丈より大きい、金字のド派手なしろものだ。豪華を突き抜けて、下品の一歩手前だな。

 いや、下品にギリギリ届いている。


 しばし、無言で建物を見詰めるしかない。

 僕の頭の中では、色々な疑問が、怒涛のように渦巻いている。

 〈アコ〉と〈クルス〉は、「〈タロ〉様は感無量なんですよ」と小声で言って、本部建物を僕と一緒に見詰めているようだ。

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