第277話 一足早く夫人 

  僕は、夕食の間ずっと、〈バクィラナ〉公爵と〈セミセ〉公爵の愚痴を聞かされた。

 他人の愚痴を、延々聞くのは辛いものだ。こちらの気も滅入ってくる。

 愚痴の中身は、宮廷貴族である内政の局長連中の悪口だ。

 立場が違うからか、そりが全く合わないらしい。

 特に財事局が、軍の予算を認めてくれないようだ。

 海方面旅団発足の時でも、散々嫌味を言われたらしい。

 気持ちは分かる気もするが、僕に言われてもな。


 愚痴から解放されて、部屋でほっと一息をつく。


 〈アコ〉と〈クルス〉は、「お披露目に連れてきて頂いて、とても良かったです」と顔を上気させている。

 一足早く夫人になったような。

 背伸びして大人の仲間入りを果たしたような、何とも誇らしい高揚感があるんだろう。

 今晩、ベッドの上でも、一足早く夫人になってくれるのかな。期待とあそこが、膨らむな。


 「〈タロ〉様、明日はお披露目の本番ですわ。お風呂に入って、早く寝てください」


 「〈タロ〉様、長時間馬車に揺られておられますので、ゆっくりとお風呂に浸かってくださいね」


 おい、おい。もう寝るのか。夜はこれからだよ。でも、お風呂に入る必要は、一杯あるな。

 色々な匂いの元を、隅々まで洗っておこう。臭いと言われたら、萎んで後が続かないぞ。


 「分かったよ。お先にお風呂をもらうよ」


 風呂は、二人一緒に入っても十分な大きさがある。いや、三人でも入れるな。

 〈アコ〉と〈クルス〉と三人で入りたいけど、そうもいかないか。

 何れは、どちらか一人ずつなら、入れる機会もあるだろう。違うな。絶対一緒に入ってやるぞ。

 これは曲げられない、崇高なイベントだ。

 皆、新婚の時に嫁と洗いっこをするために、結婚するんだろう。違うのかな。

 入念に身体を洗って、浴室を出た。あそこは、特に入念に洗った。

 洗い過ぎて、赤く腫れているほどだ。ヒリヒリと少し痛い。肛門も痛い。


 脱衣室には、僕の下着一式が揃えて置かれていた。脱ぎ捨てた服は、どこかに消えている。

 旅館の洗濯サービスを使ってくれたのだろう。

 着替えを用意しておいてくれたのは、どちらかは分からない。二人でしてくれたのかも知れない。 

 僕の荷物を、勝手に探したことになるけど、準夫人だから当然なんだろう。

 何だか、胸の辺りが、くすぐったくて弱ってしまう。新婚さんみたいで、結構照れるぞ、これは。

 僕は、下着の上下を着ただけで、脱衣室を出た。

 まだ暖かいのと、荷物を減らすために、パジャマは持ってきていないんだ。


 「着替えを用意してくれたんだね。ありがとう」


 「どういたしまして。うふ、もう臭くありませんわ。下着は勝手に鞄から出しましけど、それで合っていますか。寝間着は、持ってきておられないのですね」


 「寝間着は、持ってきてないんだ。やっぱり臭かった」


 ちょっと付いていたのかな。切羽詰まっていたからな。


 「うふふ、ごめんなさい。冗談ですわ。臭くなんかありませんでしたよ」


 〈アコ〉のヤツめ。いかにそれらしい、冗談を言うなよ。


 「〈タロ〉様、今日着ていらした服は、旅館に洗濯を頼んでおきました。下着は洗いましたので、後で浴室に干しておきますね」


 「〈クルス〉、ありがとう。下着を洗わせて悪いな」


 「いいえ。私がしたかったのですから、お礼は必要ないですよ」


 おぉ、〈クルス〉は僕の汚いパンツも気にしない、なんて良い娘なんだ。

 ぜひ嫁に欲しいぞ。ははぁ、そうだ、嫁になることは確定しているんだ。バンザイ。


 僕と入れ替わりに、〈アコ〉と〈クルス〉が風呂に入っていった。

 二人一緒に入って、話をしているようだ。

 話しの内容は分からないけど、途切れなく声が聞こえてくる。

 風呂に入っているのか。おしゃべりをしているのか。真の目的は何なんだろう。

 僕に聞かせたくない、おしゃべりだと思う。


 僕は二人がいない間に、ベッドの感触を試してみた。

 良くクッションが効いているし、飛び跳ねてもギシギシとは鳴らない。

 激しい運動をしても、全く問題がない、丈夫なベッドだよ。

 シーツもパリッツとして、布団は軽くて肌触りが良い。

 シーツが、ぐしゃぐしゃになることを想像して、にやにやと顔が崩れてしまう。ウハハハッ。

 頭の中で、様々な場面を展開して、本番に備えておこう。ウシシシッ。


 「良いお風呂でした」


 「疲れがとれましたわ」


 二人が風呂から出てきた。

 僕は、口元の涎を手の甲で拭きながら、「そうか。良かったな」と素っ気ない口調で言った。

 もうすでに、少し緊張しているんだ。


 二人を良く見直した時、少しあった緊張は吹き飛んでしまった。

 二人の湯上り姿が、もろに目へ飛び込んできたんだ。

 少し火照ってピンク色になった肌が、白いスリップに透けている。

 何か滅茶苦茶エロいんですけど。


 「もう、〈タロ〉様は。そんなに見ないでくださいな。お披露目のドレスを鞄に入れるために、寝間着が入らなかったのですわ」


 「ずっと見られていたら、ここから動けません。〈タロ〉様と同じお部屋に泊まるとは思いませんでしたので、寝間着を用意していないのです」

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