第275話 キングサイズ
「もちろん、良いですよ。夫人みたいな、お上品でお綺麗な方は、特別仕様が相応しいです」とお追従も入れて答えておいた。
見え見えで、言い過ぎだったかも知れない。でも、お世辞は恥ずかしいぐらいで丁度良いんだ。
そうでないと、インパクトが足らないと思う。
相手の心に普段にはない振動を与えて、無理やりでも響かせないといけないんだ。
今、適当に作ったけど、たぶんそうに違いない。
夫人は「そんな。伯爵様は、お若いのにお上手ですね。ありがとうございます」と頬をほんのり赤らめて嬉しそうだった。
何がお上手だと、言われたのかな。あれのことかな。
まあ、何れにしても、夫人に好印象を与えられたようだ。これで、良かったとしておこう。
「ところで、僕の泊まる部屋はどうなるの」と旅館の責任者の人に聞いてみた。
責任者の人は、ペコペコと申し訳なそうな顔をして、困ったことを言ってくる。
「実は… 。当旅館で、伯爵様に相応しいお部屋は、四部屋しかないのです。それが、本日全てが満室なのです。空き部屋がないのですよ。どういたしましょう」
どういたしましょう、ってどう言うことだ。
満室なのに、部屋を明け渡せてと言ったのか、コイツ。僕は伯爵なのに、馬鹿にしているぞ。
「四つの部屋には、王国軍司令官の〈バクィラナ〉公爵様と、先程の「王都旅団長」の〈セミセ〉公爵様。その下の格式のお部屋には、伯爵様の許嫁様と、副旅団長様御一家が逗留されています」
「他の旅館はどうなの」
「わたくしが言うのも何なのですが、他の旅館は平民向けしか御座いません」
「そうなのか」
「この町はそれ程大きくはないので、いつもはこれで十分なのです」
「困ったな」
うーん、副旅団長様御一家を追い出すか。
「困りました。副旅団長様に部屋を代わって頂くか、同室をお願いする方法しかありません。許嫁のお二人様は、お披露目に出られるのですね」
旅館側が部屋替えを頼んでも、僕が副旅団長に命令する感じになってしまう。
頑張ってくれた副旅団長様御一家の楽しみを、プシュッと萎ませてしまうな。
始めからそうならまだ良いけど、上等な部屋に宿泊出来ると思ったら、ボロい部屋に追い出されるんだ。
気分は最悪だろうな。僕への印象も最悪だろう。
そうなると、同室か。でも、〈バクィラナ〉公爵と同室なんて論外だな。向こうもお断りだろう。 この旅館の責任者は、何をほざいているんだろう。
それに、二人がお披露目に出るのと、何の関係があるんだよ。
どう言うことだよ。責任者が出て来いよ。あっ、もう出ているのか。
「分かりました。〈タロ〉様、私達と同室で良いですね。これしか方法がありませんわ」
「私も、それが今とれる最良の方法だと思います」
あー、二人とも、ちょっとマズイんじゃないのかな。僕達、結婚前だよ。
「えっ、それで良いの」
「仕方ありませんわ」
「〈タロ〉様を信じています」
僕が「えっ」「えっ」と間抜けな声を上げている間に、旅館側はこれ幸いと、〈アコ〉と〈クルス〉の部屋を、三人泊まれるように模様替えしてしまった。
「伯爵様、許嫁様、誠にありがとうございます」と責任者は、晴れ晴れとした顔で何度も礼を言ってきた。
ピンチをすり抜けてホッとした顔でだ。
部屋に入ると、巨大なベッドが、いやでも目に飛び込んでくる。
部屋の真ん中に、これ見よがしに、ドンと置かれている。
さすがに、ベッドを三つも置けなかったらしい。
キングサイズのベッドだ。ひゃー、この巨大ベッドの上で、僕達三人が寝るのか。
サイズ的には充分可能だけど、倫理的にはどうなんだろう。
僕は困った顔をしているけど、内心はすごく嬉しい。
僕の荷物をクローゼットに仕舞って、少し部屋で落ち着くことにした。
でも、心はまるで落ち着かない。夜になったら、僕は、どう行動したら良いのだろう。
いきなりの三人プレイは、ハードルが高過ぎるぞ。今から、ドキドキしてきたよ。
上手に出来るかな。
「〈タロ〉様は、私達をお披露目に列席させるのを、少し軽く考えておられるのだと思います」
〈アコ〉、急にどうしたんだ。何か不満があるのか。
「えっ、軽くって、どういう意味なんだ」
「それは、その。公的な行事に列席させる女性は、一般的には婚姻した夫人だと言うことですわ」
「私達は、今はまだ夫人ではないので、「準夫人」と言ったら良いのでしょうか。〈タロ〉様は、婚約者以上の存在として、世間の人々に、私達をお披露目されようとしているのです」
〈クルス〉も、〈アコ〉の話に被せて説明してくる。
何だか僕にレクチャーが必要だと思っているようだ。
僕はアホの子なのか。自覚はちょびっとある。
「そうなるのか」
「そうなりますわ。誤解しないで、頂きたいのですが。私は、そうされることを、嫌と言っているわけではないのですよ。むしろ、すごく嬉しいのです。これで、〈タロ〉様との結婚が、確定したと思っていますわ。そうでしょう、〈タロ〉様」
「あぁ、当たり前だ。当然結婚はするよ」
「もしもの、もしもですが。お披露目された後、私達と結婚されなかったら、一生恨みます。私達は、〈タロ〉様にもてあそばれた後で、捨てられたことになってしまうのですよ。現に少し、もてあそばれていますしね。世間の人達は、深い仲になった後で、破談になったと考えます。お披露目とは、そう言うことなので、覚悟してくださいね」
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