第274話 黄金色ではなかった
部屋に入って間もなく、〈アコ〉と〈クルス〉から、買い物に行きたいとお呼びがかかった。
二人のハンカチを大地に還してしまったから、買い物に付き合うのはしょうがない。
お支払いは任せて頂きます。はい。
《アンサ》の町は、それほど大きくはないので、女性用の服屋は一軒しかなかった。
時間の節約になり大変喜ばしい。
店にあるハンカチの種類も多くはなく、これも時間的に喜ばしい。
ただ、一番お高い刺繍が凝ったものを選ばれたので、お財布的には喜ばしくない。
色は、綺麗な濃い青と薄い赤だ。黄金色ではなかった。
「私達は、旅団長の家族ですから、安物は持てません」とのことだ。
いくら高くても、しょうがない。二人のハンカチを、洗っても使えないほど汚したからな。
ハンカチぐらい、たかが知れているし、またお世話になることもあるだろう。
だがしかし、これで旅館に帰れると思ったら大間違いだった。
「〈タロ〉様、お帽子を買わなくてはなりませんわ。お披露目は、野外で行われるのでしょう。日差しを遮るものが、必要になりますわ」
「私も欲しいです。日差しは、防がなくてはなりません。私達がシミだらけになったら、〈タロ〉様もお嫌でしょう」
帽子か。僕は海旅団の制帽を被るからな。二人にも、帽子はいるか。
僕は気にしていないけど、将来シミが出来ると嫌なんだろう。
肌の色が白いと、なりやすいとも聞くしな。
それに、野グソの印象を軽くする効果もあると思う。
野グソをした〈タロ〉様から、帽子を買ってくれた〈タロ〉様に、上書きする方が良いだろう。
「良く分かった。好きな帽子を選んでくれよ」
二人は、あれやこれや帽子を選び出した。ここでも種類が少ないことが救いだ。
二人が選んだのは、波打った広めのつばが全体にある帽子だ。
帽子の帯の部分には、太めのリボンがあしらわれている。
セレブが、リゾート地で被っているような帽子に見える。
〈アコ〉のは、青色で、〈クルス〉のは赤色だ。やっぱり、黄金色ではなかった。
「〈タロ〉様、どうですか。似合っていますか」
〈アコ〉が、帽子を被って僕に聞いてきた。今は、何が何でも褒め倒そう。
「そりゃもう、すごく似合っているよ。すごい美人になっているぞ」
「まあ、〈タロ〉様。そんなに褒められても、私、何もしませんわ」
〈アコ〉は、そう言いながらも、満更でもないような顔だ。ニコニコと笑って嬉しそうに見える。
「〈タロ〉様、私の方は。私は、この形の帽子は初めてなのです」
〈クルス〉は、心配そうに聞いてくる。〈クルス〉にも、死ぬほど褒めておこう。
「うぉー、ピッタリだよ。似合い過ぎて、美人が大美人に変っているぞ」
「うー、〈タロ〉様。それは褒めすぎです。私はそうではありません。何を考えられているのですか」
〈クルス〉は、疑うような言い方をしているけど、顔は真っ赤だ。
内心は、嬉しくて照れているんだと思う。
買い物が無事済んで、僕達は意気揚々と旅館に帰るところだ。
〈アコ〉と〈クルス〉は、僕が帽子を買ってあげたから、ご機嫌だと思う。
僕の両隣りを微笑みながら歩いている。
二人が野グソの件で、避けていないことを確認して、僕も一安心だ。
旅館のロビーに入ったら、何やら人が言い争っているのが聞こえてきた。
どうも部屋の予約が、ダブルブッキングになっていたようだ。
それとも、予約したつもりが、予約出来ていなかったのかも知れない。
旅館の受付で、延々と押し問答が繰り返されている。
旅館側が、すげない態度をとらないのは、お偉いさんの関係者らしい。
激しく文句を言っている女性は、意地でもこの旅館の特別仕様の室に泊まりたいようだ。
何か譲れないわけがあるんだろう。
連れている小さな男の子も、女性も高級そうな服に身を包んでいる。
何とも訳あり感が漂っているな。
旅館の責任者の人が、部屋に向かおうとする僕に、ヘコヘコと頭を下げてきた。
申し訳なそうな顔をして「伯爵様、実は…」と話しかけてきた。
なんと、文句を言っている女性は、来賓の「王都旅団長」〈セミセ〉公爵の側室だった。
王都の行事では、正妻が列席するのが当たり前だけど、このお披露目は離れているので、側室が出席することになったらしい。
文句の内容は、公爵夫人がグレードの低い旅館や部屋に泊まるのは、沽券に係わると言うことのようだ。
殆ど巡ってこない、公爵夫人の役を張り切ってこなそうとしているのに、「あんまりです」ともう涙声だ。
「私が側室だからですか」と顔を歪ませている。
小さな男の子も、母親に様子に引きずられたのか、ベソをかいて座り込んでしまった。
ここは、「王都旅団長」〈セミセ〉公爵に恩を売っておく方が良いだろう。
たかが部屋のことで、公爵の側室に恨まれでもしたら、馬鹿らしい。
ひょっとしたら、何かで恩返しをしてくれるかも知れない。
僕は、「部屋はお譲りしますよ」と笑顔で答えた。
旅館の責任者の人は、またペコペコと頭を下げてお礼を言ってくる。
公爵の側室は、パァッと顔を明るくして、「伯爵様、良いのですか」と問いかけてきた。
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