第273話 悪辣な生理現象
ありとあらゆる事象を圧倒して、精神に君臨する、極めて悪辣な生理現象なんだよ。
〈アコ〉と〈クルス〉も、大人しく揉まれたり、捲られたりするとも思えない。
抵抗もするだろうし、怒るだろう。発作的な脈絡がない行動だからな。
抵抗されて、下腹部を強打されたら、もう終わりだ。ジ・エンドだ。
脂汗をたらたら流していたら、新たな命題も生じてきた。
僕の肛門センサーが、ガスの存在を知らせてきている。要は、おならが出そうということだ。
このおならは、今にも肛門から激しく噴出したいと切に願っている。
このおならを解放すれば、便意が一時的に引いて、すーっと楽になる気もする。
宿泊先の旅館まで、もつ可能性が増大すると言うことだ。
だけれども、最悪の事態も容易に想像出来る。その阿鼻叫喚の光景に、今から戦慄が走る。
気体と思って出したものが、固体だったという事態だ。
いざ出てみれば、ゆるい固形物だったという、古くからのお約束だ。
おならと一緒に、実が噴出してしまうという、災害級の事件に発展するってことだ。
狭い馬車の中では、誤魔化すことは絶対に出来ない。どこにも逃げ場もない。
僕は詰んでしまうだろう。
「〈タロ〉様は、ものすごく、お臭いです」と一生言われるかも知れない。
でも、おならも臭いよな。
「〈リク〉、止めてくれ。うんこがしたいんだ」
僕は、馭者席側の小窓を開けて、馬車を止めるように指示を出した。
もうこの時は、正常な思考が出来ていなかった気がする。
ただ、本能に任せた行動をとっていたんだろう。早く楽になりたい、一心だったんだ。
それで良いじゃないか。えっ、何が悪いって言うんだよ。
食べたものを、消化して出す、悠久の昔から続く自然の摂理だろ。
馬車が止まって、僕はコソコソと森の方へ小走りに向かった。
もちろん、内股だ。ひょこひょこ歩きだ。ここで決壊させては、今までの我慢が水の泡だ。
一生涯後悔にさいなまれるだろう。
〈アコ〉と〈クルス〉は、ハンカチを放ってくれた。
鞄からチリ紙を出す余裕がないと判断したんだろう。
正しい判断だ。僕に余裕があるはずがない。放ったのは、僕に近づきたくなかったのだろう。
もう気体が、少し漏れ出ていたのかも知れない。そんな顔だった。
我慢していたものを、解き放った快感は、何にも増して代えがたい。
こんなの癖になりそうだよ。気分爽快だ。澄み切った青空のように晴やかだ。
何より、もう我慢しなくて良いのが、心を軽くする。青空に、どこまでも心が昇っていくようだ。
〈アコ〉と〈クルス〉のハンカチは、見る影もない。
これを洗って、また使うという選択肢はないな。二人に返したら、どんな顔をするだろう。
試してみたい気もする。
でも、役目を無事果たしてくれたハンカチは、さっきまで僕の身体の中にあったものと、母なる大地に埋めよう。
時が大地に還してくれるだろう。僕より出でて、土に還れ。ここに黄金の円環が生じるんだ。
馬車の戻った僕は、「もう大丈夫だ」と馭者席に声をかけた。
〈リク〉と馭者は、笑いながら「良い休憩になりました」とほざいた。
気を使っているようで、あなた方のにやにや笑いで台無しだ。
〈アコ〉と〈クルス〉には、ハンカチの礼を言った。
二人とも「間に合って良かったですね」と薄笑いしている。
とても間に合わない感じに見えたんだろう。
僕から少し距離を置いている気がするのは、間に合ったことを疑っているのかも知れない。
そっと匂いを嗅がれた気がする。
ハンカチを二枚も使って、丁寧に拭いたんだ。裏も表も使ったよ。
汚れた手は小川で綺麗に洗ったし、たぶん匂いはしないはずだ。
でも、僕への印象が、何だか悪くなった気もするな。これじゃ、また横を歩いてくれないぞ。
夕方までに、今日泊まる旅館についた。
《アンサ》の港で一番の旅館だ。副旅団長が、張り切って予約してくれたんだ。
正直、もう少しグレードが低くて、安価な所でも良かったんだが。
まあ、〈アコ〉と〈クルス〉がいるんだから、これで良かったとも思う。
高級な旅館の方が、セキュリティがしっかりしているだろう。安心できる。
泊まる部屋は、僕がデラックスな個室で、バルコニーもついている。
眼下に、《アンサ》の港が、一望出来る特別仕様の部屋だ。
料金も特別にお高くて、なぜか海方面旅団持ちじゃなくて、僕個人の支払いだ。
副旅団長曰く、「旅団長かつ伯爵なのですから、特別仕様の部屋で当然です」と無邪気に言ってくれる。
「標準じゃなくて特別なので、旅団からは出せません」とのたまわってくれた。
この費用分担は本当なのか。何か怪しい気がする。他の旅団は違うと思うな。
〈アコ〉と〈クルス〉は、僕より一つ下のグレードの部屋で、二人で一室だ。
バルコニーは、ついてはいない。
料金は当然僕持ちだけど、一人当たりの料金は、僕の四分の一程度にしかならない。
僕の部屋が、異様に高級過ぎるんだ。
はぁー、〈アコ〉と〈クルス〉は、二人部屋か。普通のことだけど、楽しみがシュルシュルと萎んでいくな。
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