第270話 私の正しい場所

 朝もまだ明けきらないうちに、〈アコ〉と〈クルス〉を呼び出した。

 二人はまだ眠いのか、感情が分からないヌーッとした顔をしている。

 僕への朝の挨拶も、どこか上の空って感じだ。服もいつもの制服を着ている。

 制服で、お披露目に出るんだろう。学舎生だから、制服が正装で良いんだろう。

 両手には、僕が前に買ってあげた、泊用の鞄を重そうに持っている。


 「重いだろう。僕が持ってあげるよ」


 「それではお願いします」


 「重いのに、すいません」


 あれ、間髪入れずに鞄を渡してきたぞ。全く遠慮がなかったな。

 何やら小声でヒソヒソと、歩きながら二人で話している。

 真剣な話をしているようで、とても話の中に入っていけそうにない。

 両手に大きな鞄を持って僕は、門に向かって黙々と歩くしかない。

 前途には、寂しい情景が待っていそうだ。

 例え一人でも、前を向いて歩いて行くしかないんだろう。


 門の外で、借りた馬車と一緒に〈リク〉が待っていた。馬車の馭者も一緒だ。

 今日の〈リク〉は、護衛の役目の他に、交代で馭者を務めることになっている。

 〈リク〉は、中々、コストパフォーマンスの良い臣下かも知れないな。


 僕達三人は、〈リク〉と馭者に挨拶をして、箱型の馬車に乗り込んだ。

 座席は適度の固さがあって、クッションも効いている感じがする。

 海方面旅団所有に馬車と違って、快適な旅になりそうだ。

 後は、〈アコ〉と〈クルス〉の気持ちがどうかだ。


 馬車の中は対面のベンチ席になっており、片方に僕が、もう片方に〈アコ〉と〈クルス〉が座ることにした。

 馬車が、ガタゴトと単調なリズムを刻みながら進み出す。

 早朝なので、道は僕達の貸し切り状態に近い。まだ薄暗い中をしずしずと進んで行く。


 しばらくすると、〈アコ〉と〈クルス〉は、うつらうつらとしだした。

 早朝に起きたから、眠いのだろう。話す相手もいない。僕も寝ることにしよう。僕も眠い。


 少し寝て、薄眼を開けると、僕の横に〈アコ〉が座っていた。


 「ごめんなさい。起こしてしまいましたか。私を気にせず眠ってください。良かったら、膝枕をしますわ」


 〈アコ〉は、申し訳なさそうに話しかけてきた。

 〈クルス〉は反対側の席で、身体を倒して眠り込んでいる。疲れているんだろう。


 「〈アコ〉の方こそ、朝早かったのに眠くないの」


 「眠いのは眠いのですが。昔のことを思い出したのですわ。それで〈タロ〉様に、引っ付きたくなったのです。私はお邪魔ですか」


 「そんなことはないよ。いくらでも、引っ付いてくれたら良いよ」


 〈アコ〉は、嬉しそうに微笑んで、僕の身体に自分の身体を寄せてきた。

 〈アコ〉の温かくて柔らかい太ももの感触を感じた。

 両手で、僕の腕にしがみつくようにもしている。

 〈アコ〉の大きな胸が、僕の肘に当たって、少し目が冴えてきた。

 身体の一部も起き上がり始める。


 「〈タロ〉様に引っ付くと、とても安心出来ますわ」


 「僕は温かい気持ちになるよ。それはそうと、昔のことってなんだい」


 「それは、〈タロ〉様と初めて馬車に乗った時のことですわ。お忘れですか」


 「忘れていないよ。《ハバ》の町へ送っていった時だね」


 「うふ、そうですわ。それでは、私が〈タロ〉様に何と言ったか覚えていますか。私はあの時の会話を全て覚えていますわ」


 〈アコ〉が、悪戯っ子のような目をして、僕を試してくる。

 こんなことで、僕を試してどうしたいんだろう。試して欲しくないな。

 そんな昔のことなんて、覚えているはずがない。

 覚えているのは、〈アコ〉の身体の温かさと、女の子が出す甘い匂いぐらいだ。

 今も横にいる〈アコ〉から、匂いがしている。


 「うーん、助けてくれてありがとう、かな」


 「うふ、確かにそれっぽいことは、当然言いましたわ。でも、それじゃありませんよ」


 あー、一つ当たったんだから、もう良いんじゃないのか。


 「えー、まだあるの」


 「そうです。今も私が、一番思っていることなのです」


 はぁー、何だよ。もう何も思い浮かばないぞ。うーん、今もか。

 今、〈アコ〉はどうしている。それにしとくか。


 「良く覚えていないけど、僕の横にいたい、かな」


 「うふふ、本当は違いますけど、当たりにしてあげますわ。結果的にそうなりますからね」


 「ふーん、本当はどう言ったの」


 「私は、「〈タロ〉様は私の正しい場所」って言いましたわ。それは今も変わっていませんし、これからも変わりません。それで良いですね、〈タロ〉様」


 「でも、この前は僕の横じゃなくて、後ろを離れて歩いていたけどな」


 「だって、道行く人が、〈タロ〉様をジロジロ見てくるんですもの。大勢の人に、あんなに見られるのは、とても恥ずかしかったのです。でも、今回お披露目されますので、もう度胸を決めました。恥ずかしさに耐えて見せますわ」


 そんなに見られていたのか。僕は下を向いていたから、分からなかったんだな。

 噂って嫌だな。僕の横を歩くのは、度胸がいって、恥ずかしさに耐える必要があるんだな。


 「そうなんだ。そんなに見られていたの」


 「それはもう。〈タロ〉様の噂が広まった頂点でしたので」


 「〈アコ〉にも迷惑をかけるな」


 「迷惑なんてとんでもありませんわ。私こそ、〈タロ〉様を一人で歩かせて、ごめんなさい。これからは、私も恥ずかしさを共に分かち合いますね」


 やっぱり恥ずかしいのは、恥ずかしいのか。僕は恥ずかしい人間なんだな。

 裸で歩いている訳じゃないのに、どうしてこうなったんだろう。

 仮面でも被るか。それも目立つな。

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