第269話 モヤモヤ

 僕の周りで、華のある人と言えば誰かな。

 やっぱり、〈アコ〉と〈クルス〉だ。若くて美人だから、どこからも文句は出ないだろう。


 許嫁だから、僕の横に臨席しても、たぶん違和感はないと思う。

 結婚はしていないけど、この際しょうがない。

 他にはいないし、僕も〈アコ〉と〈クルス〉に、自慢したい気持ちもあるんだ。

 頑張った成果を見て、一杯褒めて欲しい。

 副旅団長も、そのつもりで言ったんだと思う。お披露目を是が非でも盛り上げたいんだろう。


 でも、港まで距離があるから、学舎を休まなくてはならない。

 〈アコ〉の方は、それほどでもないと思うが、勉強好きで真面目な〈クルス〉はどうかな。

 それに、この前僕の隣を歩くのを嫌がっていたからな。

 行きたくありません、と断られる可能性もある。断れたら、相当凹むぞ。何に祈ろう。


 もう一人華のある人は知っているけど、この人を呼ぶと複雑なことになりかねない。

 この前、久しぶりにあった王族の〈サシィトルハ〉先輩だ。

 王族で背が高くて、イケメンだから華はある。お披露目の格も上がるかも知れない。

 しかし、検討するまでもなく、止めておこう。

 お目出度いお披露目で、後悔するはめになるのは御免だ。

 関わり合いになりたくない厄介ごとに、巻き込まれる予感がビシバシする。


 善は急げで、〈アコ〉と〈クルス〉の意向を確認してみよう。

 どう言われるか、少し怖いけど、当たって砕けろだ。


 授業の終わった夕方に、《白鶴》の門で〈アコ〉を呼び出してみる。


 「〈タロ〉様、どうしました。こんな時間に。何かありましたの」


 「実は今度、海方面旅団のお披露目があるんだ。それで、旅団員の家族を同伴することになったんだ。港まで遠いから、学舎を休む必要があるけど、来てくれるかい」


 「〈タロ〉様、私で良いのですか」


 「〈アコ〉しかいないよ」


 「分かりました。この〈アコ―セン〉は、喜んで〈タロ〉様のお伴をさせて頂きますわ」


 〈アコ〉は、顔を上気させて、真剣な顔つきで返事をくれた。

 喜んでと言ったけど、喜んでいる顔にはあまり見えない。

 でも、目はキラキラとしているように見える。〈アコ〉は、どう感じているのだろう。

 まあ、怒ってはいないことは、確かだ。取り敢えずは、砕けなくて済んだな。


 〈アコ〉に、日程とかを説明していたら、もう辺りは真っ暗になってしまった。

 もう、夏は過ぎて秋になっている。日が落ちるのが早い。

 〈クルス〉のところに行くのは明日だな。


 次の日、授業の終わった夕方に、今度は《赤鳩》の門で〈クルス〉を呼び出してみる。


 「はっ、はっ、〈タロ〉様、急にどうされました。こんな遅くから呼出なんて、良くないことが起きたのですか」


 〈クルス〉は、駆け足で来てくれたようで、荒い息遣いをしているな。


 「急がせて、ごめん。悪いことではないんだ。近々、海方面旅団のお披露目があって、僕も家族を同伴する予定なんだ。港を往復するから、一日以上かかると思う。学舎は休む必要がある。どうする」


 「〈タロ〉様は、私に来て欲しいと思っているのですか」


 「そうだよ。だから、急いで誘いに来たんだ」


 「そういうことなら、学舎をお休みするのも、仕方がありません。もちろん、行かせて頂きます」


 〈クルス〉は、何か思いつめたような顔で返事をくれた。

 「もちろん」と言った割には、表情が堅いな。何かを考えている感じだ。

 〈クルス〉は、お披露目に行くのを負担に思っているのか。

 学舎を休むのは、やっぱり嫌なのかも知れない。

 それでも、怒ってはいないように見える。当面は、砕けなくて済んだな。


 〈クルス〉に、日程とかを話していたら、直ぐに日が暮れた。

 薄暗い中を《黒鷲》に一人で帰っていく。

 二人の態度が、喜んでいるように見えなかったので、僕は暗い気持ちだ。

 何か心の奥が、モヤモヤとしている感じだ。

 秋の夜は長いのに、こんな気持ちで過ごすのは堪えるな。


 僕がこんな気持ちで、お披露目は、どうなるんだろう。

 僕の気持ちとは関係なく、副旅団長を始め、海方面旅団員は盛り上がる気がする。

 最初と比べると、海方面旅団の見栄えは飛躍的良くなったのだから、そうなると思う。

 そんな喜びの中、沈んだ僕と〈アコ〉と〈クルス〉が、並ぶんだな。

 精神的にキツイ気がする。作り笑いだけでも、出さないとな。


 お披露目には、馬車を借り切って向かうことにした。

 海方面旅団が持っている馬車は、クッションが悪いから遠慮した。

 旅団員の家族の送迎に使うから、遠慮したのもある。

 旅団員より僕の方が、お金を持っているからな。そこは、譲らなくてはならない。

 酷い守銭奴と思われるのは、ご勘弁だ。


 行程は、早朝に学舎町を出発して、《アンサ》の港に移動する。

 港で一泊し、お披露目が終わったら直ぐに、学舎町へ帰るというものだ。


 今までなら、〈アコ〉と〈クルス〉と一泊するのが、すんごく楽しいはずだ。

 でも、今、二人との関係は、少し気まずい感じになっている。

 少し溝が出来たと思う。楽しいお泊りが、楽しくなくなっている。

 何とかしたいな。何かに祈ろう。

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