第266話 村娘のコスプレ

 「どうして、奴隷を断わったのですか」


 どうして。どうしてだったのかな。胸が小さかったから。気が強そうだったからか。

 やっぱり、僕には許嫁がいるからだと思う。

 隣を歩いてくれなくなったけど。今でも許嫁なんだよな、〈アコ〉〈クルス〉。


 「僕には、ちゃんとした許嫁がいるからな」


 「そうか。許嫁がいるか。でも残念だよな」


 「うー、惜しいよ。何とかして欲しかった。見たかったな」


 「それで良いんだ。〈タロ〉に、美人の奴隷はもったいない」


 「お前のその考え方。偉いぞ」


 大きな声で、〈先頭ガタイ〉が吠えるように言い放った。

 僕の方を向いて、「うん」「うん」と頷いている。激しく同意をしているようだ。

 何が何だか分からないけど、〈先頭ガタイ〉に褒められたみたいだ。

 コイツも話を聞いていたのか。と言うより全員が僕の周りを囲んでいる。


 今日の「武体術」の授業は、噂の検証だけで終わったな。


 〈ヨヨ〉先生の、本日の装いは村娘みたいな民族調の服だ。

 地味で、くすんだ赤いチェックのワンピースを着用されている。


 ただし、そこは〈ヨヨ〉先生だ。村娘ではない。ムラムラ娘だ。うーん、娘と言えるのか。


 ワンピースの裾は短いし、胸元は大きく空いている。

 裾から白いスリップが覗いているし、胸元にはふくらみが見え隠れしている。

 裾が驚くほど短くなっているのは、豊か過ぎるお尻が、スカート部分に良い影響を及ぼしているんだな。

 ふくらみが見え隠れするのは、主張が激し過ぎるおっぱいが、この服では息苦しいと喘いでいるんだな。

 両者ともに、ポロンと解放されて、外気に触れたい欲望が隠れている。

 そのような光景が見れたらなら、あらゆるものを解放出来ると思う。


 ようは、地味な色をしたエロい塊ということだ。地味なにエロい。

 相反する要素を表現されている〈ヨヨ〉先生は、破滅的な効果を生徒に与えている。

 生徒たちは、〈ヨヨ〉先生を呆けているように見詰めて、腰をモゾモゾさせている。


 今日の「楽奏科」は、また〈ヨヨ〉先生を愛でる会となりそうだ。


 「先生は、感動しております。昨日、評判の吟遊詩人を見てまいりました。素晴らしいの一言です。わたくし、もろに影響されまして、本日このような服を着ておりますの。おほほほ」


 もろに影響されて、村娘のコスプレか。物語の許嫁のつもりなんだな。

 でも、村娘はこんなにエロくないはずだ。

 こんなにエロかったら、全く違う物語になってしまうぞ。

 とてもじゃないが、衆人環視の広場では、とても上演出来ないと思う。

 もし上演されたら、かぶりつきで見せて欲しい。強く欲しい。


 「〈ヨヨ〉先生、どこが一番素晴らしかったのですか」


 おぉ、果敢に先生へ質問する生徒がいるな。

 先生のエロさに、耐性がついてきたのかも知れない。人間何事にも、慣れるもんだな。


 「ぅふーん、そうですね。一番と言われても困りますわ。でも、最後の「私に向かってひた走る」という場面です。感動の終幕ですもの。私に、ひたひたとすごい勢いで迫ってくるのですよ。堪りませんわ」


 うーん、「私に向かってひた走る」って場面あったかな。無かったような気がする。

 色々と解釈を誤っておられるんじゃないのか。

 それに、すごい勢いで迫られるのが、どうして堪らないのだろう。

 きっと〈ヨヨ〉先生のスライムのようなおっぱいに、謎を解く鍵が隠されているのだろう。

 湿原地帯のような深い谷間に手を突っ込んで、探索してみたいな。


 「はい。はい。皆さん。授業ですよ。集中しましょう。今日は、物語の主人公になったつもりで、浪漫溢れる演奏をしてみましょう」


 〈ヨヨ〉先生のせいで、授業に集中出来ないんじゃないのか。

 皆さんは、熱く先生に集中しているよ。


 それでも、生徒はそれぞれの楽器を奏で始めた。

 「楽奏科」の授業だから、当たり前といえば当たり前の話だ。

 〈ヨヨ〉先生は、生徒の間を歩きながら、「ぅふん、良いですわ」「はぁん、お上手です」と色気を振りかけている。

 結果的には色気だけど、本人は言葉をかけているつもりなんだろう。


 いよいよ僕の横を通るぞ。何をかけて貰えるのかな。


 「ぅふん、知っていますよ。〈タロ〉君の物語なのですね。これから〈タロ〉君が、どのような物語を紡ぐのか。先生は興味津々です。そこに〈ヨヨ〉は、はぁん、経糸で入っているのかしら」


 何と答えれば良いのだろう。先生の意図するところは、何だろう。

 先生の深いおっぱいの谷間を、冒険しないと見つけられないことだと思う。


 「僕も〈ヨヨ〉先生に、興味深々です。深く尊敬しています。もちろん僕は、縦長です」


 自分でも意味不明のことを言ってしまった。おまけに見栄も張ってしまっている。

 縦長ではない。縦短だ。さらに追い打ちで、横幅もない。


 「〈タロ〉君、ありがとう。縦長に期待しています。うふん」


 先生は、何に期待をされているのだろう。期待に沿うには、どうすれば良いのか。

 分かっているようで、具体的には分からない。

 今はただ、リュートの弦の糸をつまびくことにしよう。

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