第260話 さらば、瓢箪

 また、瓢箪を二つ首から下げて、階段を降りていった。


 帰りは瓢箪を結ぶ紐を短くしたから、あそこへの危険はもうない。

 瓢箪は、僕のお腹の辺りで、グズグズと動いているだけだ。

 少しは、学習したってことだ。


 〈アコ〉は、僕の後ろの方から、階段を降りてきている。背中さえ見ることが出来ない。

 あまりに寂しいので、階段の途中で一度だけ、後ろを振り返った。

 首と一緒にくるんと回った瓢箪が、「こん」「こん」と音を立てて、寂しさを助長してくれる。


 「〈タロ〉様、瓢箪がひょうきんですね。うふふ」


 うけたから良いのか。決して良くない。これは笑わせたのではなくて、笑われたんだ。

 こんな風に笑われたら、もうイチャイチャ出来る雰囲気ではない。

 甘いムードは、飛び散ってしまった。中途半端で、少し白けている感じだ。


 あぁー、これも全部全て瓢箪が悪いと思う。瓢箪は悪の手先だったんだ。

 二つも手の先で持っていたからな。


 僕は、自分の足元をじっと見ながら、階段を降りた。当然、瓢箪の方は見ない。


 〈アコ〉を《白鶴》に送っていく道の途中も、僕の両手には瓢箪だ。

 〈アコ〉は、僕からからなり離れて歩こうとしている。


 「〈アコ〉、どうして離れて歩くんだ」


 「今は、〈タロ〉様の背中を見たい気分なのですわ」


 たぶん違うだろう。両手に瓢箪を持っている変なヤツの傍にいたくないんだろう。

 〈アコ〉が、こんなに冷たい態度をするとは、思わなかった。

 僕みたいな瓢箪男とは、関わりあいになりたくないんだろう。

 ひょうきんな瓢箪男と並んで歩いて、一緒に笑われたくないのだろう。

 自分の方こそ、瓢箪体形をしているくせに。悲しいな。


 僕はトボトボと地面を見ながら、《白鶴》の前まで歩いてきた。


 「〈タロ〉様、冷やし飴はもういらないですよね。瓢箪を渡してください。私が、処分しておきますわ」


 「えぇ、渡して良いの」


 「良いですわ。邪魔でしょう」


 〈アコ〉のことを、さっき冷たいといったけど、僕のことも考えてくれたんだな。

 大部悲しさが薄れた気がする。


 「ありがとう」


 「いいえ、どういたしまして。寮の皆で飲みますわ」


 〈アコ〉は、二つの瓢箪を紐で括って、片手で持つことにしたようだ。

 確かに、両手で持つより、片手の方がひょうきんじゃない。

 〈アコ〉は、僕を後ろから見て、この方法を思いついたのかも知れない。

 なんでも観察することは大切なんだな。


 僕は、瓢箪が〈アコ〉に運ばれて行くのを見送って、《赤鳩》へと急いだ。

 さらば、瓢箪。もう会うことはないだろう。


 「〈タロ〉様、何だか元気がないですね。私と過ごすのは、おいやですか」


 まだ瓢箪が後を引いて、僕の表情は冴えないらしい。瓢箪のことは、早く忘れよう。


 「そんなことはないよ。おいやなわけ、ないだろう。楽しみだよ」


 「本当に楽しみなのですか」


 〈クルス〉からの信用も薄いな。どうなっているんだろう。

 イチャイチャするのは、楽しいに決まっているぞ。もう瓢箪はないし。


 「本当だとも。さあ、行こうよ」


 僕は無理やり笑顔をつくって、足を高く上げて歩き始めた。

 無理やりだから、楽しそうに見えたかは、少し疑わしい、

 まあ、気にしても仕方がない。

 今から、〈クルス〉と過ごすうちに、自然と笑顔になっていくだろう。


〈クルス〉は、小さな鞄を背負って、僕の直ぐ横をついて来る。

 小さな鞄には、美味しいお弁当が入っているのだと思う。

 それに、僕の横を歩いてくれるのが嬉しい。

 もう僕は、瓢箪男じゃないので、恥ずかしくはないのだろう。


 〈南国茶店〉の裏側の扉を開けて、階段の下に立った。

 これから、階段を昇るのが楽しみで仕方がない。

 今日の〈クルス〉の下着は何色だろう。皺は何本よっているかな。


 「〈クルス〉、その鞄は僕が持つよ」


 少しでも邪魔になる物は、排除しておく必要がある。楽しみのための一工夫だ。


 「軽いから、大丈夫ですよ」


 そうじゃないんだ、〈クルス〉。軽いとか、大丈夫とか、そんなの関係ないんだ。


 「良いから、良いから。僕に持たせてよ」


 「そうですか。それではお願いします」


 僕は、〈クルス〉から強引に鞄をもぎ取った。あははは。

 楽しみだな。今の僕は、満面の笑みだろう。


 〈クルス〉が、先に階段を昇っていく。僕はまだ昇らない。

 だって、〈クルス〉との間隔が狭いと、目的を達することが出来ない。

 何のために、鞄をもぎ取ったのか、意味をなさなくなる。


 「〈タロ〉様、私の直ぐ後ろを昇ってくださいね。足を踏み外した時は、直ぐ近くの方が安心出来ます」


 えぇ、えぇ、なんてことをおっしゃいますか、〈クルス〉さん。

 それじゃ、あなたの背中しか、見えないじゃありませんか。そうでしょう。


 「〈タロ〉様、早く来てください」


 えーん、酷いよ。悲しいよ。楽しみが。

 〈クルス〉に、こう言われたなら、直ぐ後ろを昇らなくてはならない。

 そらそうだ。間隔が空いていると、直ぐには助けられない。

 間隔の空いている分だけ、階段を転げ落ちることになる。

 〈クルス〉の言うことが、間違いなく正しい。論議の余地がない。

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