第259話 一杯抱きしめてあげますわ

  「うふふ、〈タロ〉様。両手で瓢箪を持っておられるのは、とてもひょうきんで可愛らしいですわ」


 僕は必死に堪えていたのに、〈アコ〉は遠慮なく笑うんだな。

 何か少し割り切れないものがあるな。こんな関係で良いのだろうか。


 「〈アコ〉、笑うって酷いよ」


 「うふふ、〈タロ〉様、ごめんなさい。だって、とっても可愛いんですもの。仕方ありませんわ。今度は私が抱きしめてあげますわ。それで機嫌を直してね」


 〈アコ〉は、飛び込みように、僕の胸へと抱き着いてきた。

 僕は、危うく後ろに倒れそうになったけど、何とか〈アコ〉を受け止めた。

 後ろに、ひっくり返るところだった。すごい勢いで抱き着いてきたな。

 もう少しで、瓢箪の中身をこぼすところだったよ。


 「〈タロ〉様、今度は私が、一杯抱きしめてあげますわ」


 「そうなんだ。お願いするよ」


 「「そうなんだ」って何ですか。そんな言い方されると、落ち込んでしまいますわ。私が抱きしめても、嬉しくないのですね」


 「あー、何言っているんだよ。嬉しいに決まっているだろう」


 「うふ、本当ですか」


 〈アコ〉が、力一杯僕の背中を抱いてきた。でも、〈アコ〉の力はそれほどでもない。

 必死に力を込めて、僕に抱き着いているが、見ていて可愛らしい。

 おっぱいも、そんなに密着していないな。半分くらいしか、僕の胸に当たってないよ。

 もっと、もっと、おっぱいを僕に引っ付けてください。


 少し視線を落とすと、〈アコ〉の立派なお尻が、後ろ髪の花飾り越しに目に入ってくる。

 あぁ、手が自由だったらな。今度はお尻が触れたのに。残念過ぎる。瓢箪が憎い。


 でも、〈アコ〉の方から抱き着いてくれるのは、僕を求めている証拠だと思う。

 能動的に抱き着かれると、承認欲求が満たされたのか、妙に安心出来る。

 決してママに抱かれて、安心したわけじゃない。僕はマザコンではないはずだ。

 単なるスケベだと思う。マザコンと、スケベはどちらが上なのか。

 上も下もないのだろう。どっちの要素も持っていて、程度が違うだけの話だ。


 「〈アコ〉が抱きしめてくれるのは、新鮮だよ」


 「女の方から抱き着くのは、はしたないですか」


 「そんなこと、あるもんか。何時も抱きしめて欲しいし、キスもして欲しいな」


 「んー、抱き着くのは、たまにしても良いですけど。いつもは、〈タロ〉様からしてくださらないと嫌ですわ。私、怒ります。それと、キスは私からはしません。前にも言いましたよね」


 「えぇ、どうして」


 「〈タロ〉様、早く」


 〈アコ〉は、僕の質問を完全に無視して、目を瞑っておねだりをしてきた。

 質問をスルーするなんて、僕が同じことをすれば、タダでは済ませないくせに。

 これはどうも、順列がついてきたんじゃないのか。〈アコ〉が上で、僕が下だ。

 〈アコ〉が主人で、僕が下僕だ。これは、良くない傾向だぞ。

 どこかで、ガツンと言わなければ、一生頭があがらなくなるぞ。


 でも、キスしたいな。〈アコ〉のまつ毛が震えているのが、可愛いな。

 〈アコ〉の小振りで肉厚な唇が、濡れているように見える。プルプルしているぞ。

 そうだ、僕の熱いキスで圧倒すれば良いんだ。怒涛の如く〈アコ〉の心を支配すれば良いんだ。

 そうしよう。


 僕は〈アコ〉の少し開いた唇に、少し頭を傾けながらキスをした。

 〈アコ〉は、「はぅ」と溜息をついて、ニッコリ微笑んだ気がする。

 目を瞑っているから、笑っているかは、ハッキリしない。

 微笑んだのだから、溜息じゃなかったのかも知れない。

 わかっているのは、〈アコ〉が満足しているってことだ。

 〈アコ〉のおっぱいが、もっと密着してきたから、そうだと思う。

 それが僕への気持ちなんだろう。圧倒まではいかないけど、上出来なんじゃないのかな。


 ただ、満足したのは、僕が素直に従ったためか。僕に熱いキスにときめいたためか。

 どっちなんだろう。少し悲観的だが、前者だと思う。

 〈アコ〉が、どう思っているか、正確には分からない。

 ただハッキリしているのは、目の前にある〈アコ〉の唇を無視出来っこないってことさ。

 無防備に口を薄く開けて、僕を待っているのだから、それはブチュってするよ。


 僕は、瓢箪を絨毯の上に置いて、〈アコ〉のお尻を引き寄せた。

 瓢箪を握っている指しか、お尻を触れられないけど、何も触れないより遥かにましだ。

 それに腕も疲れた。


 ただ、お尻を引き寄せたといっても、横に並んで座っているから、下半身は密着しない。

 本当に瓢箪が邪魔だ。手が使えたら、〈アコ〉を僕の脚の上に乗せられるのに。

 そして、思う存分触れるのにな。


 「〈タロ〉様、もう充分ですわ」


 あっ、ずっとキスはしてたけど、何も動かしていなかった。

 考え事をしてたので、唇を動かすのを忘れていた。


 「えっ、もう良いの」


 「もう時間なのです。私はもう、ここから出なくてはなりませんわ。もっと長くいたいのですが、仕方がないのです」


 そうか。思っていたより、時間が経ってたんだな。

 午後を半分ずつでは、イチャイチャ出来る時間が短すぎるよ。

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