第257話 甘い

 「まあ、ずいぶんと慎み深いですね。私は試合を見ていて、すごく興奮しましたわ。自分も試合に、出ているような気になったのです。それで、つい大きな声を出してしまいましたわ。〈タロ〉様、ご迷惑でした」


 「そんなことはないよ。〈アコ〉が、「集中して」って言ってくれて助かったよ。お守りも、心強かったよ」


 「うー、お守りですか。皆に冷かされましたわ。秘密だと言ったのに、〈タロ〉様たっらぁ」


 「そう怒るなよ、〈アコ〉。肌身に着けているのを、知って欲しかったんだよ」


「それは、すごく嬉しかったのですが。もう良いです。お守りの話は止めましょう。それより、《アソント》公爵の長男を、打ち負かされたのは痛快でした。私は、こんなすごい人の婚約者なんだと思ったら、胸が熱くなって止まりません」


〈アコ〉は、潤んだ瞳で僕を見詰めてきた。

 意地悪な〈ミ―クサナ〉の婚約者に、自分の婚約者が勝ったからスカッとしたのだろう。

 自分が勝ったような気が、したのかも知れない。

 〈アコ〉と僕との、心の絆が強くなった気がする。

 〈アコ〉が僕のことを、自分のことの様に捕えているってことなんだろう。

 一心同体に一歩近づいたってことなんだろう。それじゃ、肉体的にも一心同体に近づこう。


 僕は、〈アコ〉の腰に手を回した。でも、片手だ。もう片手には瓢箪を握っている。

 この瓢箪、どう考えても邪魔だな。どうにか、出来ないかな。


 〈アコ〉を引き寄せて、唇を重ねた。

 〈アコ〉も、キスを待っていたので、僕の背中に手を回してくる。でも、片手には瓢箪がある。

 瓢箪を持ちながら、キスをする二人か。他人が見たら、大うけだろう。爆笑必死だな。


 はぁー、瓢箪が気になって、あまりキスに集中出来なかったぞ。

 〈アコ〉も、そうみたいで、僕達は直ぐにキスを止めた。瓢箪が仇になるとは思わなかったよ。


 「〈タロ〉様、次は《インラ》国の奴隷の方の話ですわ」


 「えー、あれは断ったって知っているだろう」


 「えぇ、そのことは、とても嬉しかったですわ。〈タロ〉様は、私のことを考えてくれているのだと分かりました」


 「そうなんだ。奴隷なんか、連れて帰ったら、〈アコ〉に申し訳ないと思ったんだよ」


 「ありがとうございます。でも、薄物をまとっただけの奴隷の方を、それは熱心に見てらしてようですね。噂ではこう言われていますが、どうなのです」


 げぇー、あの銀縁眼鏡の陰険なヤツが、言いふらしたに違いない。

 何て、いやらしいヤツなんだろう。


 「そ、そんなに見てないよ。チラッと見ただけだ。僕には、〈アコ〉がいるからな。見たいのは〈アコ〉だけだよ」


 「〈タロ〉様、本当ですか」


 〈アコ〉が、疑っているような横目でじっと見てくる。

 あまり僕の言ったことを信用してなさそうだ。

 僕の普段の行いを思い出したら、本当だと分かるはずだろう。そうに違いない。たぶん。


 「本当だよ。今日も〈アコ〉をずっと見ていただろう」


 「うーん、私をずっと見られていたのは、感じていますわ。良いでしょう。私がいるのに、他の女の人を見ていたわけじゃありませんので、許してあげますわ」


 奴隷の方を見ていたことは、やっぱり覆らないのか。

 見ていたのは確かだけど、僕の言うことを信用しろよ。

 僕の言うことは、一切合切頭から信用して欲しい。

 結婚してからも、これじゃ色々やり難いよ。困ったもんだ。


 〈アコ〉が、身体を寄せきたので、もう一度キスをした。でも、やっぱり瓢箪が気になる。

 〈アコ〉も、気にしているので、僕達のキスは長く続かなかった。

 調子が出ないな。不完全燃焼だ。不満が溜まるよ。


 「〈アコ〉、喉が渇いたから、買ってきた冷やし飴を飲もうか」


 瓢箪が邪魔なら、冷やし飴を全部呑んでしまえば良いんだ。そうしたら、瓢箪を床における。


 「そうですね。どんな味か試してみましょう」


 結果、冷やし飴は大変甘かった。

 飴だから、当たり前なんだろうが、こってりと、べったりと甘い。

 買った時は冷えていたけど、今は生ぬるい。こんな甘いものは、とても一気に飲めないぞ。


 「甘いな」


 「甘いですね。これは、水で割って飲むのかも知れませんね」


 そうか、甘すぎると思った。これは原液なのかも知れない。薄めて飲むものなんだろう。

 どうしよう、これじゃ瓢箪を空に出来ないぞ。


 「〈タロ〉様、甘いで、また蘇ってきましたわ。さっき聞いた甘い恋の物語は良かったですね」


 おー、甘い恋の物語だったかな。南の家族の物語か、立身出世の物語だったような気がするぞ。


 「恋が主題だったかな」


 「何を言っているのです、〈タロ〉様は。最後は許嫁と結ばれる、お話じゃないですか。とても情熱的で燃えるような恋のお話ですわ」


 そんなに、燃えていたかな。どちらかと言うと、忍ぶような静かな恋だったような気がするぞ。


 「そうそう。そうだったな」


 「私もあんな風に抱きしめて欲しいですわ」


 あれ、抱きしめるシーンなんてあったかな。

 まあ、良いや。〈アコ〉のご要望には沿わなくてはいけない。僕のご要望にも叶っている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る