第255話 明日へ向かってひた走る

  固く握りし剣を、真一文字に振り下ろす。

  青赤の光が剣身を包み。

 花の匂いが剣先に宿り。

 剣はするすると、大白鬼の眉間を貫く。

 奇跡と軽く言うのは、はばかれる。

 諦めない心が、運を引き寄せたなり。

 想いの強さが、力へ変わったのだ。

  万感の思いが、戦場を支配した。

  息子は、誉の勲章と爵位を賜り。

  都での名声も手に入れた。

 稀代の麒麟児となり果てぬ。

 しかれども、王都の南のその南、南の端の町へひた走る。

  都の栄光は路傍に捨てて。

 赤と青の星が見える町へ。

 許嫁の元にただ走る。

 乙女をその手で抱くために。

 花冠を被せるために。


  明日へ向かってひた走る。


 吟遊詩人が、帽子をとって、優雅に一礼をした。

 盛大な拍手が観客から湧きおこる。

 「良いぞ」「素晴らしかった」との賞賛の声も飛びかっている。

 吟遊詩人の帽子に飛び込む、硬貨のシャワーが凄まじい。

 チャリンチャリンと、広場を金属製の楽器の音で、埋め尽くしていく。


 吟遊詩人が、ドヤ顔で僕を見てくる。どうも、謡の最中に気づいていたようだ。

 満面の笑顔が腹立たしい。自信に溢れて、堂々と立っている。


 思い出した。コイツは、《ラング》の町で見かけた、あの吟遊詩人だ。

 あの時も、何だか嫌な目で見てきたが、やっぱり今もそのとおりの目だ。

 自慢げに笑いかけてきやがる。やっぱりこの謡は、僕を題材にしていやがるんだ。


 恥ずかしい。猛烈に恥ずかしいぞ。こんな人前で、公開処刑にしやがって。

 くそっ。

 僕が、一体お前に何か悪い事をしたのかよ。こんな、仕打ちはあんまりだ。

 早くこの場を離れよう。一刻も早く逃げ出そう。僕の精神が、持ちそうにない。


 吟遊詩人が、こっちをずっと見てくるから、観客まで見始めたぞ。

 頼む。こっちを見るなよ。僕は見世物じゃない。

 〈アコ〉と〈クルス〉の花飾りも、失敗だった。

 今の謡の許嫁と被ってしまう。余計に注目を集めてしまっている。


 〈アコ〉と〈クルス〉は、どうしたことか。涙を流して、感動しているようだ。

 どうして、こんなもので感動するんだ。自分達のことも、勝手に歪曲されているんだぞ。

 僕には、全然、意味が分からない。


 僕は、〈アコ〉と〈クルス〉の手を引いて、広場から這う這うの体で逃げ出した。

 二人は、「〈タロ〉様、ちょっと待ってください。投げ銭をまだあげていません」と言っていた。 

 こんなもんに、投げ銭なんて必要ない。原作料が欲しいぐらいだ。

 いや、違う。上映を差し止めしたいぐらいだ。うーん、上映なのかな。


 僕達は、荒い息を吐きながら、広場から離れた場所へ避難してきた。


 「〈タロ〉様、そんなに引っ張らないで。息が苦しいですわ」


 「どうしたのですか、〈タロ〉様。私達、逃げているように見えますよ」


 「うん。その通り。逃げてきたんだよ」


 「どうして逃げるんですか。訳が分かりませんわ」


 「あっ、物語の内容が、恥ずかしかったのですか」


 「う~ん、その通りだよ。二人は恥ずかしくなかったの」


 「聞く前から、内容は、ある程度知っていましたわ」


 「私も友達から聞いていました。この吟遊詩人が評判になっているので、奴隷の噂も流れたようです」


 「えっ、奴隷とは関係ない話じゃないか」


 「〈タロ〉様が、あまりにかっこ良く扱われているので、嫉妬されたようです」


 「えー、そんな」


 「私に言われても」


 「まあ、〈タロ〉様。良いじゃありませんか。物語の〈タロ〉様は、とってもかっこ良くて、素敵です。私、うっとりしましたわ」


 おぁ、それじゃ本物は違うと言うことなのか。泣くぞ。


 「〈アコ〉と〈クルス〉も出てきたけど、本当に恥ずかしくないのか」


 「うふ、少し恥ずかしくて、顔が真っ赤になりましたわ。でも、あれはあくまでも作り話ですよ」


 「ふふ、題材は〈タロ〉様ですけど、今のは創作物です。私もあの物語に出ているようで、出ていないのです。物語の人は、〈タロ〉様でも、私でもありません。架空の人ですよ。それは、周りから私も見られて恥ずかしかったのですが、気にしたら負けです」


 〈アコ〉と〈クルス〉のメンタルは強いな。鋼のメンタルだ。

 この強靭さは、何に由来しているんだろう。

 この自信は、どこからくるんだろう。僕にないものだ。でも、二人に乗っていこう。

 僕だけ、何時までもウジウジしていたら、二人と大きな溝が出来てしまう。


 「ふー、二人の言う通りだ。自分でどうにも出来ないことを、悩んでも仕方がない。成る様になるさ。そう言うことで、お腹が空いたよ。ご飯にしようか」


 「うふふ、お腹が空くのは良いことですわ」


 「ふふふ、切り替えの早いところが、〈タロ〉様の良いとことですね」


 そうなんだろうか。良いことなんだろうか。でも、まあ良いや。

 可憐な乙女が両側にいるのだから、文句を言ったら罰が当たる。

 物語の中の僕は、たった一人だけだからな。


 ただ、〈アコ〉と〈クルス〉は、まだ純粋無垢なのかな。

 これを考えても意味がない。僕達は、もう大人の仲間入りだ。純粋無垢な、はずがない。

 物語の中の登場人物だから、純粋無垢なんだ。現実は、もっとトロトロしているはずだ。

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