第254話 吟遊詩人

 本来の目的は、吟遊詩人だ。


 吟遊詩人は、リュートを小脇に抱えて、広場の中央に立っている。

 しきりにリュートの弦をつま弾き、調律に余念がない。

 緑色の羽がついた赤い三角帽を被り、緑色のぴっちりとした服を着ている。

 全身が緑で、尖った靴も赤色だ。取り敢えず、目立つことしか考えていない装いだ。

 これが吟遊詩人の正しい出で立ちなんだろう。


 見物客は、三重くらいに囲んで語りと言うのか、謡が始めるのを待っている。

 僕達は、二重目の輪に立って、他の見物客に混じって待っていた。


 もう十分見物客が、集まったと判断したのだろう。

 吟遊詩人の謡が始まった。


  朗らかにして気高い旦那様、貴婦人の皆様方。

  今ここに、皆様への祝福と、一時の憂さを晴らす物語を贈らせていただきます。

  つたなき、語りとは存じますが。

  しばし、お付き合いのほど、よろしく賜ります。


 愛想の良い笑顔を振りまき、朗々とした調子で叙事詩を謡い出した。

 リュートの音色が軽快に響き、三重の観客の私語が小さくなる。

 んー、この吟遊詩人の顔、何か見覚えがあるな。


  昔、昔のある国に、一人の少年がおったとさ。

  少年の住む国は、王都の南のその南、南の端の町であったとさ。

  端の町は、開拓地。

  希望はあるが、それだけの、貧しい暮らしの町だった。

  少年の親は、父一人。

  母の顔さえ覚えておらぬ。

  天に召されて、母は星。

  夜空に輝く赤星を、母と定めて祈るだけ。

  愛しい我が子のねんねこを、離れて見守る母の愛。

  涙が伝って流れ星。

  どうか、あの子に届いておくれ。


 この吟遊詩人。なかなか上手いな。

 出だしで、もう涙ぐんでいる、おばさんもいるぞ。


  父は、偉丈夫、益荒男なり。

  皆を率いる善領主。

  荒野の開拓、魔獣の討伐、朝飯前の腹ごなし。

  しかれども、息子のあやしに四苦八苦。

  いとしを言えぬ武骨者。

  不器用なれど、剣を置き、デンデン太鼓を振り回す。

  親の苦労を知ってか知らず。

  息子は太鼓で泣き止んだ。

  あまりの風に、命の危険を覚えたり。

  息子は武芸の素質あり。

  命の危険を回避せり。


 観客から、笑い声が巻き起こった。ただ、歌詞だけ聞くと、とても笑えるものではない。

 でも、身振り手振りと間の良さで、観客の笑いを引き出している。

 これが、プロの技なんだな。お金を取れる芸なんだろう。


  時は流れて、幾星霜。

  町は勇躍、大発展。

  幼な子は、智勇兼備の青年になりし。

  母の温もり、父の勇猛を継ぎ、輝く若人になりし。

  しかれども、一時の幸せ世は許さず。

  父に戦の勅使の知らせ。

  戦地に赴き、華々しく散る運命。

  妻と隣の大青星。

  夜空に瞬く、赤と青。

  瞼が瞬き、光が零れたり。


 リュートの調べは、陰鬱なものに変わった。悲しい雰囲気が、広場を覆っているようだ。

 段々、むず痒い気持ちになってきた。この話、僕は好きになれそうにないな。


  父の仇は、大白鬼。

  隣国の大将軍なり。

  六尺を超える大男。

  武芸も皆伝の強さなり。

  一騎当千の兵なり。

  一人で味方が蹴散らされる。

  親の無念を晴らすぞと、息子は戦に駆けつけた。

  門出を送る許嫁。

  純真無垢の乙女なり。

  花で髪を飾り、愛しき人を送り出す。

  素朴な娘の女心。

  きっと帰ってと、赤い目をして言い募る。

  花飾りの匂いに酔いし、若き二人は抱き合った。

  磁石が互いに引き合うように、雄しべと雌しべが引き合うように、二人はヒシっと抱き合った。

  瞳の奥を覗き込み、ぎこちなく口を寄せて触れあう二人。 

  永遠の別れか、永遠の愛か。

  運命の海を越えて行く。


 リュートの調べは、甘い曲調に変わって、ロマンティックなムードに変わった。

 「キャー」「うぅ」と悲鳴や半泣きの声を観客があげている。

 この吟遊詩人、観客の心を鷲掴みにして、自由自在に操っているみたいだ。


 左右にいる〈アコ〉と〈クルス〉は、真っ赤な顔になっている。

 恥ずかしそうに見えるのは、どうしてだ。訳が分からん。

 それに、二人の髪の花飾りをチラチラと観客が見てくるな。

 吟遊詩人に集中しないで、どうして見るんだろう。


  大白鬼との一騎打ち。 

  傷は幾条、向こう傷。 

  血の流れは、おびただし。

  死力を尽くして、なお敵わず。

  誰にも、卑怯と言わせない。

  父母の横に星となれ。

  しかれど、許嫁は決して褒めてはくれぬな。

  約束たがいしを、生涯かけて許さぬ娘だ。

  泣き喚いて怒り続ける。

  それならば、せめて最後に一太刀。

  渾身の一撃を見て貰おう。

  良くやったと褒めて貰おう。


 リュートの調べは、切迫したものに変わった。広場に風雲急を告げている感じだ。

 「キャー」「止めて」と悲鳴交じりの泣きの声が混じり始めた。

 もう観客は、吟遊詩人の思いのままに、転がされている気がする。

 これは、一種の集団催眠じゃないのか。少し怖くなってきた。


 〈アコ〉と〈クルス〉も、瞼に涙を溜めて、必死に堪えている様子に見える。

 二人とも、吟遊詩人の世界に入ってしまったのか。集団催眠の餌食になったのか。

 それと、観客が僕の方をしきりに見てくる気もする。

 何だか嫌な気分になってきた。良くないことが、待っている気がする。

 何だか、吐き気もしてきたぞ。

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