第253話 〈アーラン〉ちゃんの未来に幸あれ
「はぁ、〈タロ〉様には、色んなお知り合いがいるのですね」
〈クルス〉が、溜息のような声を出して呟いた。
僕の交友範囲が広いことを、褒めているのだろうか。それとも、呆れているのだろうか。
「ごめん、ごめん。お詫びに花を買うよ。このお姉さん達に、似合う花をくれないか」
「わぁー。ありがとうございます。お姉さんは、とっても綺麗なので、どんな花でも似合いますよ。どれが良いですか」
〈アコ〉と〈クルス〉は、綺麗と言われたためか、ニコニコして花を選んでいる。
少しおだてられたからと言って、あまりにチョロ過ぎるぞ。
妹さんも、花が売れたから、すごく喜んでいる。
ニコニコ顔で「よし」って言って、手をグーに握っている。
それを見た〈アコ〉と〈クルス〉は、花籠に入っている花を全部買うことにしたようだ。
妹さんは、涙声で「ありがとう。綺麗なお姉さん」と言って、薄汚れた手で僕から代金を受け取った。
お金を払ったのは僕だから、そこは「ありがとう。かっこいいお兄さん」じゃないのか。
どうも納得出来ないな。
〈アコ〉と〈クルス〉と妹さんは、何本もの花を使って、〈アコ〉と〈クルス〉の頭の後ろをぐるっと豪華に飾っている最中だ。
三人で協力して、クスクス笑いながら楽しそうに作業をしている。
〈アコ〉なんか、さっきまで妹さんを睨みつけていたのに、どういうことだ。
妹さんの笑顔の可愛らしさと、一生懸命に生活費を稼ぐいじらしさとに、ほだされたのだろうか。
確かに頑張っているな。一日中、花を売り歩いているんだ。
足は疲れるだろうし、夏はうだるように暑いし、冬は凍えるように寒いはずだ。
雨の日や風の強い日は、どうしているんだろう。
邪険にされたり、怒鳴られたり、嫌なことが沢山あると思う。
でも、顔が卑屈になっていない。愛らしい笑顔をしている。
お母さんが、そう育てたのだと思う。お母さん自身も、そうだったのかも知れない。
妹さんは頑張っているのに、兄である掏り未遂犯の〈アィラン〉君は、ヒモみたいな生活をしているんじゃないだろうな。
「妹さん、〈アィラン〉君は何をやっているんだ」
「お兄ちゃんは、お得意様のお店に、お花を届ける仕事をしています。それと、私の名前は〈アーラン〉です。覚えてないの」
うーん、欠片も覚えていなかった。
一回だけ合って、一回名前を聞いただけなんだから、覚えているわけはないだろう。
そんな悲しそうな顔をされるいわれはないぞ。僕の記憶力を過信する根拠はなんだ。
〈アコ〉と〈クルス〉も、僕を責めるような目で見るなよ。
ふん、覚えていたら、それはそれで怒るくせに。
「おぉ、二人とも髪が花で飾られて、美人が大美人になっているぞ。眩しいほどに輝いているな」
〈アコ〉と〈クルス〉の後ろ髪は、色とりどりの花があしらわれて、豪華絢爛な髪飾りのようだ。
花を買い過ぎて、少し過剰になってしまっている。派手派手な感じになっているな。
目立つのだろう。道行く人が、「おぉ」「すごい」「あれ見て」と指を指してジロジロと見てくる始末だ。
地味に横で立っている僕が、どうしてだが恥ずかしい。
「うふ、〈タロ〉様。嬉しいですけど、そんなに褒めてはいけませんわ。私ではなく、花が綺麗なだけです。勘違いしちゃいますよ」
「ふふ、〈タロ〉様。ありがとうございます。でも、少し派手過ぎましたか。どうですか。似合っていますか。もっとしっかり見てくださいよ」
〈アコ〉と〈クルス〉は、少し褒めたら一気に上機嫌だ。あまりにもチョロ過ぎる。
道行く人に、ジロジロと見られても、気にしていないようだ。
頭を飾っている豪華な花飾りを、見て欲しいんだろう。
今の自分に自信があるのかも知れない。花の持っている威力はすごいな。
僕は、〈アコ〉と〈クルス〉の後ろに回って、「綺麗だ」「豪華だ」と繰り返し呟いた。
もちろん、〈アコ〉と〈クルス〉に聞こえるようにだ。
〈アコ〉と〈クルス〉は、上機嫌を通り越して、顔がにやけぱっなしだ。
惜しいな。これだけ機嫌が良いのなら、おっぱいでも、お尻でも、どこでも触れるのに。
妹の〈アーラン〉も、「綺麗です」「憧れます」と元気な声を張り上げている。
コイツ、顧客へのアフターサービスも出来るんだな。
逆境が商売人のスキルを、否応なしに伸ばしたんだろう。
「そうだ。〈アーラン〉ちゃん、僕の店にも花を届けてくれないか」
「えっ、良いんですか」
「もちろんだ。店の場所は、蜜柑を売った場所の直ぐ近くで、〈南国果物店〉という名前なんだ。よろしく頼むよ」
「ありがとうございます。お兄ちゃんも喜びます」
〈アーラン〉ちゃんは、ペコペコと何度も頭を下げながら、足取りも軽くどこかへ帰っていった。
僕は「元気でね」と言いながら、少女の幸福を祈ることしか出来ない。
〈アーラン〉ちゃんは、領民ではない。
領民でもない他人に、無暗やたらと手を貸すのは、領分を超えたことだ。
〈アコ〉と〈クルス〉も、手を振りながら、〈アーラン〉ちゃんの未来に幸あれと願ったと思う。
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