第249話 奴隷の方

 また、王宮から呼出状が届けられた。


 それも、〈外事局〉だ。外国との折衝を行う役所が、僕に一体何の用があるっていうんだ。

 誰か教えてほしい。〈リク〉に聞いても分からない。

 犬に聞いても分からないだろうから、お巡りさんに聞きたいぐらいだ。

 ワンワンワワンだ。


 また、授業をサボって、「〈外事局〉の用件とは何でしょう」と首を捻るだけの〈リク〉を連れて、仕方なく向かうことにした。


 〈外事局〉に着くと、ビシッとした服装の銀縁眼鏡の職員が応対に出てきた。

 銀縁眼鏡と尖った顎が、頭脳明晰で冷酷な印象を与えてくる。

 唇が薄いのも、酷薄な感じを助長している。要は、体温が低くて三十四度くらいの冷たさだ。

 何となく、こちらを値踏みしているようにも思える。

 口元だけで、ニヤニヤと笑っていて、すこぶる感じが悪いな、コイツ。


 《青燕》を卒舎したエリートなんだろうが、僕は伯爵様だぞ。もっと敬意を払い賜え。

 若くて抜けている顔だと思って、侮っているんだろう。

 せめてニヤニヤ笑いだけでも、止めて欲しい。

 ニヤニヤされる度に、心が鉛筆削りの様に削られていくんだ。

 あまり削られると、柔らかな芯が折れるんだよ。


 「《ラング》伯爵様、お呼びだてして申し訳ないです。今回来て頂いたのは、先の《ベン》島奪回作戦のことなのです」


 んー、《ベン》島奪回作戦。もう終わった話じゃないのか。

 それに、戦争と〈外事局〉の関係は何だろう。今頃、《インラ》国からクレームが入ったのか。

 確かに《インラ》国の兵隊は殺したけど、戦争なんだから、そう言われてもな。

 逆にこっちが、死んでいた可能性も大きいのだから。

 人が死んだんだ、文句を言いたくなる気持ちは分かるけど。


 「そうなのか。もう全て終わったと思っていたんだけどな」


 「えぇ、これが戦後処理の最後です。捕虜の引き渡しに係る賠償の話なのです」


 「賠償」


 「そうです。《ラング》伯爵様が、捕獲された捕虜の賠償が決まったのですよ」


 ほー、そう言えば、捕虜を捕まえたような気もするな。それの賠償金か。

 お金を貰えるのは有難いな。お金はいくらあっても、困らない。

 思ってもないところから、ボーナスが出た気分だ。


 「そうか。お役目ご苦労様。それでいくら貰えるの」


 「それなんですが、お金ではないのです」


 「えっ、お金ではないなら、物納なの」


 「うーん、ご説明するより、見て頂いた方が早いと思います」


 何なんだろう。何か嫌な予感がするぞ。

 こちらが貰える賠償なのに、こんな気持ちになるなんて、理不尽じゃないのか。


 僕は〈外事局〉の会議室のような、部屋に連れて行かれた。


 「《ラング》伯爵様、こちらが賠償の奴隷の方です」


 「奴隷の方です」と紹介された方が、部屋の真ん中にスッと立っている。


 長い髪をした細身の女の子だ。

 ものすごく小さな顔は、目も鼻も唇も小振りでとても整っている。 

 北にある妖精の住まわし国の儚くも凛とした、王女様みたいだ。

 身長はそれ程高くはないけど、顔が小さいので抜群のプロポーションをしている。

 ただ、胸はぺったんこで、お尻もとても小さい。

 けれど、身体の線は紛れもなく女性の柔らかなラインだ。

 それに、スッと立っている姿に、キリっとした気品がある。

 それらが、人間ばなれした妖精らしさを滲み出している。


 長い髪は金髪だ。少し赤みがかかったストロベリーブロンドだと思う。

 顔も肌も、白い。白過ぎるくらいに白い。〈クルス〉よりも白い。

 見たことがない透明感がある白だ。普通の白さじゃない。

 人種が違うとしか言い様のない白さだ。この人は、北方の《インラ》国の人なんだ。


 その白い肌が、僕の前面に惜しげもなく晒されている。着ている服に問題がある。

 ノースリーブで丈が短く、胸元が大きく空いた白いワンピースを着ている。

 細い細い太ももが丸見えで、滑らかな胸の始まりも見えている。

 横を向いたなら、脇から横乳が見える服だ。奴隷が譲渡される時に、着用する服なんだろう。

 奴隷の性的な価値も、一目で分かるようにするためなんだろう。


 「《ラング》伯爵様が捕獲された捕虜の中に、敵将〈ティモング〉伯爵のご長男がおられました。お父上の〈ティモング〉伯爵は亡くなられましたので、実質〈ティモング〉伯爵です。捕虜引き渡しの賠償金は、身分によって高くなっていきます。高額な賠償金を用意出来なかった〈ティモング〉伯爵家は、代わりに妹君を差し出されたのです」


 それで、「奴隷の方」なんだ。銀縁眼鏡が、ニヤニヤしてた理由もこのことか。


 「《ラング》伯爵様、お初にお目にかかります。私は〈ティモング〉伯爵家の長女、《チァモシエ》と申します。我が〈ティモング〉伯爵家は、この度の戦で莫大な戦費を費やしながら、貴方様に敗れました。父が貴方様に討ち取られ、兄までもが捕虜とされました。跡継ぎの兄を捕虜のままにしては置けません。それに、これ以上散財を続ける訳にもまいりません。〈ティモング〉伯爵家が存続出来なくなります。そのため、私は貴方様のものになります。これを不服とは言いませんよね」

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