第248話 秘太刀《黒鷺》

 「今度は本気でいくぞ。秘太刀黒鷺を受けてみろ。吠え面をかくなよ」


 おー、秘太刀とはすごいな。《黒鷺》か。かっこいい呼び名だ。

 だけど、「秘」なのに観客の前で使っても良いのか。もう秘太刀じゃなくなるぞ。

 甚だしく疑問に思う。


 「先頭のガタイ」は、左右の上段から、素早く切り下ろしを続けて放ってきた。

 時折、甲や胴も狙ってくるけど、もう一歩工夫が足りない感じだ。

 これでは、今までの攻撃とあまり変らないな。

 僕はこれを受け返したり、巻き込んだりして捌き続けた。

 これ位の攻撃を捌くことは、造作もないことだ。まだまだ余裕がある。

 でも、「先頭のガタイ」は、鬼の形相で必死の様子になっている。


 たぶん、この切り下ろしの威力が、この後の剣技の成否を決めるのだろう。

 分かりやすい性格だな。素直な性格なんだろう。


 「先頭のガタイ」は、頭を狙うと見せかけて、僕の模擬刀の背を強く打ってきた。

 その後、模擬刀を素早く持ち替えて、今度は一転、僕の甲を狙い打ちしてきた。

 立ち位置も、素早く右に回り込んでいる。中々鋭い斬撃だ。


 僕は、強打に逆らわず刀を下方に捌き、流水のごとく一歩横に流れた。

 そして、目の前に振り下ろされた「先頭のガタイ」の甲を反射的に切り付けてしまった。

 秘太刀黒鷺の流れに乗せられて、刀を止められなかったんだ。


 「二組大将。甲、一本勝ち」


 「先頭のガタイ」の秘太刀黒鷺は、惜しいけど決まらなかった。

 刀の背を強く打って相手の重心を前方に移動させ、併せて刀を持ち替えて間合いを瞬時に変えるという、トリッキーなことを連続して行うことが、秘太刀と言われる由縁なんだろう。

 でも、背を打つタイミングが微妙に遅くて、刀の持ち替えも少しもたついていた。


 一連の動きを完璧に決められていたら、危なかったと思う。なんといっても、初見だしな。

 「先頭のガタイ」は、この難しい技を一生懸命に練習したんだろうな。

 僕が甲を打った瞬間、目を見開いて信じられないという顔をしていた。


 開始線上で、互いに礼を交わした後、

 「先頭ガタイ」は、茫然とした感じで「馬鹿な。秘太刀黒鷺が敗れるなんて」と呟いた。


 うぁ、剣豪小説に出てくる負けた武士みたいな、臭いセリフだよ。

 かっこ良いぞ。僕も混ぜて欲しい。


 「ふっ、勝負は時の運でござるよ。気の向くまま、風の吹くまま、風が吹いて桶屋が儲かるのでそうろう」


 我ながら、怖いほどに決まったな。自分がかっこよく過ぎて、少しちびってしまったよ。

 「先頭ガタイ」の顔は、茫然とした感じから、無表情に変わっていった。

 剣術の試合に負けて、かっこよさにも負けたから、表情を無くしたのだろう。

 一組サイドに帰った後に、「あいつは、普通じゃない。異常だ」と話しているのが聞こえた。

 僕が天才だと、ようやく気付いたのだと思う。


 「これで、《黒鷲》学舎対抗戦を終了する。選手は敬意を込めて、対戦相手に再度礼を行うこと」


 僕達は、開始線に一列に並んで、改めて互いに礼を行った。

 一組の面々は、皆一様に暗い顔をしている。全敗だからな。

 「先頭のガタイ」も、何時になく魂が抜けたような顔付きだ。

 他のメンバーにきつく言っていたのに、自分も負けてしまったからな。

 感情の持っていき場がないのだろう。


 二組のメンバーは、疲れているヤツもいるけど、明るい顔をしている。

 体格に優る相手に勝つことが出来て、自信がついたのだろう。

 試合前より、心なしか背筋がピンと伸びているような感じだ。


 観客は、両組の健闘を称えて、盛大な拍手を送ってくれている。

 我が二組は、初体験の万雷の拍手に包まれて、誇らしげに顔を上げた。

 左右を見ると、メンバー全員がウルウルと目を潤ませている。すごく感激しているんだな。

 やっぱり、初体験は何物にも代えがたいよな。これで、皆も一端の男になったんだろう。

 僕も皆と戦えて、勝てて、改めて充実感が込み上がってきた。

 泣きそうになるのを堪えるが、難しいほどだ。


 観客からは、「良く戦った」「感動した」「面白かった」との声も飛んでいる。

 「感動した」に値する試合があったのか、少し疑問は残る。

 それに、「面白かった」は、もしかしたら試合が滑稽に見えたのかも知れない。


 しかし、我が二組の奮闘を笑うヤツは、そこまでの人間だ。

 我が二組は、持てる力を発揮して、結果も出したのだから、胸を張って威風堂々として良いはずだ。

 何も、誰にも、恥じることはない。


 〈アコ〉と〈クルス〉も、力強く拍手をしてくれている。

 後で手が痛くなるのが心配になるほどだ。顔も嬉しそうに笑っているぞ。

 お守りの件は、大丈夫そうなのでホッとしたよ。


 僕達は、観客の拍手を背に会場を後にした。我が二組の足取りは、空を飛ぶように軽やかだ。

 軽やかすぎて、〈アル〉が足を引っかけて転んでしまった。


 会場が拍手から、爆笑に変わる。〈アル〉は、コメディアンの素質があるようだ。

 転んだだけで笑いをとるとは、一種の天才なんだな。


 今日の〈アル〉の運勢は、末吉だとしておこう。

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