第247話 乙女のお守り
観客から、「おー」「はー」と何とも言えない歓声が沸き起こった。
決着の仕方が、意外過ぎたのだろう。確かに、これは誰も予想出来ないな。
会場からは、割れんばかりの拍手も起こっている。
でも、これは勝った〈ソラ〉にではなく、もう少しで、一回転の着地を決められた相手副将に、対してだと思う。
もはや、剣術の試合ではないな。
「皆のお陰で勝てたよ」
〈ソラ〉が、ゼイゼイと荒い息を吐きながら、嬉しそうに帰ってきた。
二組のメンバーは、口々に「頑張ったな」「良くやったな」と笑顔で出迎えだ。
「〈ソラ〉は、本当に素直だから、楽しかったよ」
〈ソラ〉の顔をタオルで拭いてあげながら、〈フラン〉も笑顔だ。
「楽しかったよ」か。やっぱり〈ソラ〉で、遊んでいたんだな。
タオルで顔を拭くのは、遊んだ後のお人形さんのお手入れなんだろう。
遊び道具は大切にしなくっちゃ。
〈ソラ〉は、「んー」という感じに一瞬なったが、直ぐに嬉しそうな顔になって拭いて貰っている。
深く考えてはいけない。素直が一番だ。
「先頭のガタイ」は、顔を真っ赤にして仁王立ちをしているぞ。
僕をじっと睨んでいる感じだ。男にそんなに見られても、何も嬉しくないし、迷惑だ。
負けて帰ってきた副将のことは、全く無視だ。
可哀そうに隅の方で、しょんぼりと立ち尽くしている。誰も声をかけてあげていない。
かける言葉がないのかも知れない。返す返すも、着地が残念だ。
着地が決まっていれば、試合にも勝てて、ヒーローだったと思う。
「最後は大将戦だ。選手は中央まで出てくれ」
「先頭のガタイ」が、自分の頬をパンと叩いて、開始線に立った。
僕も、仕方がないので、開始線に向かった。
「先頭のガタイ」の気合が強すぎて、邪魔くさい気持ちで一杯になる。
必死になっているんだろうな。相手になるのが、鬱陶しい。
「〈タロ〉様、集中して」「〈タロ〉様、油断しないで」
声のする方を振り返ると、〈アコ〉と〈クルス〉が見えた。
頬を染めて僕を見詰めている。思いのほか声が響いたので、恥ずかしいのだろう。
僕は、服の裏に縫い付けたお守りを、協調するように握った。
すると、〈アコ〉と〈クルス〉の顔が、真っ赤になっていく。
周りの友達から、「あれって、お守り」「キャー、乙女のお守りなの」と言われて、今度は全身が真っ赤になってしまった。
隠れるように俯いて、もう僕の方を見ていない。
あれ、何かマズイことをしたのかな。やらかした感があるぞ。どうしよう。
「それでは、開始」
僕の動揺を全く無視をして、試合が始まった。
〈アコ〉と〈クルス〉の、その後の様子が気になる。
観客席を見たい気持ちになるが、ここは我慢するしかない。
試合中に〈アコ〉と〈クルス〉を見るのは、「先頭のガタイ」に対して、礼を欠きすぎている。
「先頭のガタイ」が、勢いよく模擬刀を打ち下ろしてきた。
すごく力が入っている。何としてでも勝って、全敗を免れたいのだろう。
でも、力み過ぎだ。踏み込みは雑になっているし、握りも強すぎて刃筋が硬直気味だ。
柔軟さが失われていて、臨機応変な対応が、阻害されている感じだ。
集中力を欠いている僕でも、余裕で対処出来る。
切り下ろしの力強さだけで、勝負しようとしているのか。
僕はどうすれば良いのか。どうすれば、ベストだろう。
「先頭のガタイ」を簡単に負かした方が良いのか。
それとも、全敗はあまりにも気の毒だから、負けた方が良いのか。
だがしかし、わざと負けるのは相手に失礼だし、二組のメンバーを裏切る気もする。
〈アコ〉と〈クルス〉も、決して褒めてはくれないだろう。
それに、僕の心にも、悪い影響を与えそうな気もする。
鼻持ちならない、傲慢な人間になりそうだ。
だから、あまり早く勝たないようにしよう。少しは打ち合って、観客にも満足して貰おう。
こんな考えは、結構傲慢野郎なのかも知れないな。中途半端な人間だよ。
「先頭のガタイ」は、右上段から頭を狙って、切り下ろしてきた。
僕は、切り下ろしてきた刀に刀身を当てて、右横に受け返した。
受け返すにも、持っていかれない注意が少し必要だ。やっぱり、力だけはあるな。
その後も「先頭のガタイ」は、遮二無二に上段から、頭を狙って斬撃を繰り返す。
右上段、左上段と少しは変化をつけてくるけど、単調な攻撃を続ける。
たぶん、力で押して頭に注意を向けさせたところで、胴か甲を狙うのだろう。
そう思っていると。「先頭のガタイ」は、僕の右側に回り込んで、腰の捻りだけで僕の側頭部を狙ってきた。
僕は、斜め前に踏み出して身体をかわしながら、切り下ろした後の甲を狙った。
「先頭のガタイ」は、慌てて後ろに一歩下がり、これをかわしてまた上段に構えた。
僕も少しは、積極的に攻めなくてはいけない。
「先頭のガタイ」の頭を正眼から狙い。受けるために上げた甲を、素早く切り上げた。
後退して避けるのを追撃して、胴をまた下から切り上げた。
単なる連続攻撃だけど、「先頭のガタイ」の顔は強張っている。
観客からは、「早い。良く見えなかった」「流れるような三段攻撃だ」と呻くような声が出いている。
大したことはやっていなのだが、何だか嬉しくなってしまうぞ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます