第246話 操り人形

 副将戦が始まって直ぐ、〈ソラ〉は足音高く右足を床に叩きつけた。

 試合会場に「ドン」という音が、鳴り響くほどだ。


 相手の副将は、この音を聞いて慌てて、後ろに飛び下がった。

 たぶん、何か技を仕掛けてくると思ったのだろう。

 観客も、何かが始まるきっかけだと思って、固唾を呑んでいる感じだ。

 場内は、シーンと静まりかえっている。


 しかし、何も技が出なかったので、相手の副将は、再び〈ソラ〉の正面で模擬刀を構えた。

 するとまた、〈ソラ〉は「ドン」と足音高く右足を床に叩きつけた。

 相手の副将は、また後ろに飛び下がった。

 技は今回も出ない。模擬刀は構えたままだ。〈ソラ〉は、一体何がしたいのだろう。

 意味不明の動きだ。全然、意図が分からないな。


 「〈ロラ〉、あの右足を叩きつけるのは、何の意味があるんだ」


 「正直、良く分からないです。けど前に「〈タロ〉君に右足の踏み込みが浅いと言われた」と言っていた覚えが、薄っすらあります」


 「えっ、まさか。あれが、浅くない踏み込みだと言うのか」


 「僕に聞かないでくださいよ」


 「そうだな、ゴメン。それと、〈ソラ〉は右足を叩きつけた後、どうしたいんだろう」


 「たぶんですけど。何かをしたいとは、思ってないと思います。する気があるのなら、少しでも動いているはずです」


 「何もしないのか。手に持っている、あの模擬刀は何のためにあるんだろう」


 「また聞きますか。たぶん、何かきっかけがあれば、振るんじゃないですか」


 きっかけか。きっかけがないと、使わないのか。

 剣術の試合なのに、とても根深い問題が潜んでいるな。

 何か、この摩訶不思議な状況を打破するきっかけが必要だぞ。


 〈ソラ〉は、また「ドン」と足音高く右足を床に叩きつけた。


 「〈ソラ〉、手の甲を狙え」


 〈ソラ〉は、僕の声に従って、後ろに飛び下がっている相手副将の甲を打ちにいった。

 相手は、下がっているし、極度に警戒している。当然、空を切った。


 「〈ソラ〉君、次は胴を払え」


 〈ロラ〉も僕の意図を理解したのか、〈ソラ〉に指示を与えた。

 でも、胴払いも相手はかわした。

 鋭さがない単発の攻撃だし、指示通りなので、相手にも狙っている箇所が丸分かりだ。

 簡単に対処出来る。


 「〈ソラ〉、休むな。頭だ」


 今度は、〈フラン〉が指示を飛ばした。〈フラン〉は、ニタニタと悪そうな笑みを浮かべている。

 〈ソラ〉が、言ったとおり動くので、操り人形みたいで面白いんだろう。

 コイツは、たぶん、お人形遊びが好きなんじゃないか。


 「〈ソラ〉、手の甲と胴払いの連続だ」


 〈アル〉も笑いながら、〈ソラ〉に指示を出した。もう、〈ソラ〉は皆の遊び道具だよ。

 〈ソラ〉は、ゼイゼイ言いながら、それでも甲と胴を打ちにいった。

 何回も模擬刀を振ったので、もう疲れが出ているようだ。

 でも、これが剣術の試合だ。せいぜい頑張って貰って、もっと剣術の試合を楽しんでくれ。

 他のメンバーも、楽しんでいるぞ。


 「逃げてばかりでどうする。臆病者め。恥を知れ」


 「先頭のガタイ」が、大声で叱咤激励を飛ばす。でも、言葉のチョイスが悪すぎる。

 これでは、萎縮するだけだし、次の行動が読めるぞ。


 案の定、相手副将は猛然と突っ込んできた。大きく上段に振りかぶり、頭を狙っている。


 「〈ソラ〉、右足の踏み込みを二回連続だ」


 〈ソラ〉は、僕に言われて、機械的に右足を踏み込んだ。

 いや、踏み込んではいない。右足で「ドン」と床を蹴っただけだ。

 そして、二回目をどうしようと悩んで、腰を落として、スキップみたいな滑る動きになってしまった。

 指示を出したのは僕だけど、これはもう剣術の動きではないな。変な踊りだ。


 〈ソラ〉は、相手副将の懐に大きく入り込んだ格好だ。

 相手副将は、それでも頭を狙って、模擬刀を振り下ろしてくる。

 でも、間合いが殆どないので、これでは模擬刀の剣元にしか当たらない。

 一本を取れるほどの有効打にはならない。


 「〈ソラ〉、休むな。頭だ」


 はぁー、懐に潜り込んでいるのに、頭を狙えだと。〈フラン〉は、無茶苦茶言うな。

 何を考えているのか分からないが、満面の笑みだ。薔薇が咲き誇るように笑っている。

 コイツは、お人形遊びに飽きたら、お人形さんの手足をもぎ取るタイプに違いない。

 可愛い笑顔の裏に、何かが潜んでいるに相違ない。

 そんな、魂を吸い取るような笑みだ。怖いよ。


 観客席からも「キャー、笑った顔が可愛い」という声が聞こえる。

 〈フラン〉を見てないで、〈ソラ〉の試合も見てやってくれよ。


 〈ソラ〉は、懐に潜り込んでいるにも関わらず、〈フラン〉の指示通り頭を打とうとした。

 でも、そんな体勢から打てるはずがない。物理的に無理だ。

 単に落とした腰を伸ばして、手を振り上げる動きになっただけだ。


 そこに、相手副将の上段から振り下ろす動きが重なって、相手副将は宙に飛んだ。

 〈ソラ〉が、背に乗った相手副将を、頭と腕で投げ飛ばした格好になったらしい。

 相手副将は、綺麗に弧を描いて、〈ソラ〉の後方へ一回転して着地した。

 ただ、勢いがあり過ぎたのだろう。たたらを踏んで、場外へ出てしまった。

 大変惜しい。着地が決まったなら、百点満点だったのに。


 「二組副将。場外反則勝ち」

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