第245話 勝負はパンツを脱ぐまで分からない

 僕達は、試合会場で倒れ伏している〈アル〉を抱え起こした。

 顔は満足そうにニヤついているが、精も根も尽き果てたようだ。

 僕と〈ロラ〉で両脇を抱えて、試合終了の礼もさせた。


 〈アル〉は、もう首も動かせないのか、あまり深く頭を下げないので、僕と〈ロラ〉が代わりに下げておいた。

 相手の中堅が、涙を流していたので、気の毒に思ったこともある。


 団体戦の負けを決めてしまったので、可哀そうに思ったんだ。

 でも、涙まで流すとは思ってなかった。

 単なる授業だけど、観客も大勢いるし、すごく悔しかったのだろう。

 もう勝ったのも同然だったので、無念さもあるのだろう。

 伯仲した良い試合だったのだけどな。


 相手の中堅は、一組サイドにトボトボと帰って、しきりに謝っているのが聞こえてきた。

 一生懸命に戦ったのだから、謝る必要はないのにな。

 すると突然、「先頭のガタイ」が相手の中堅に、ビンタをくらわした。


 えっ、どういうつもりだ。

 試合前の気合注入に、ビンタをするのは聞いたことがある。

 でも、試合が終わった後は、聞いたことがないぞ。意味が良く分からないな。

 客席からも、「キャー、酷い」「今のはやり過ぎだ」と声があがっている。

 先生は、ビンタの瞬間に目を逸らしたような気がした。

 おいおい、あんたは、見て見ぬふりをするタイプだったのか。


 まあしかし、我が二組には直接関係ない話だ。向こうの事情に、口を挟むのは控えよう。

 こちらサイドが何を言っても、相手の中堅をより惨めにすることになり兼ねない。

 今僕達は、相手に敬意を払って、この対抗戦を戦うのみだ。


 〈アル〉は、〈フラン〉に汗を拭いて貰いながら、満足そうにニヤついている。


 「〈アル〉はすごいな。手に汗握る白熱した良い試合だった。僕は脇の下まで汗をかいちゃったよ」


 〈アル〉は、何かを言いかけて、グッと言葉を飲み込んだ。

  きっと、「僕が〈フラン〉の脇の下を拭いてあげるよ」とかなんとかを言いかけて、止めたのだと思う。

 周りに僕達がいなければ、絶対言ってたはずだ。

 〈アル〉の顔が真っ赤になっているのが、その動かぬ証拠だ。いやらしい。


 〈アル〉は、取り繕うように「いやー、大したことじゃよ。気力を振り絞っただけなんだ」と返事を返している。

 あまり謙遜する気はないようだ。でも、頑張ったのは事実だから、まあ良いか。


 「〈アル〉の最後の粘りには、正直驚いたよ。〈アル〉は精神力があるな」


 「いやー、最後まで諦めなかったのは事実だけど。たまたまだよ。たまたま。〈タロ〉も言ってただろう。勝負はパンツを脱ぐまで分からないだよ」


 「そ、そうか。そんなこと言ったかな。パンツを履くまでじゃないのか」


 「違うよ。脱ぐと言ってたよ。すごいドヤ顔だったじゃないか」


 僕は、こんな異常なことをドヤ顔で言ったのか。下駄を履くまでを、もじったんだな。

 殆ど意味をなしていないのに、良く〈アル〉は意味が分かったな。

 二人とも、青春なんだとしておこう。

 恥ずかしくて、穴があったら入りたいよ。入りたいか、もう変な妄想は止めておこう。


 「次は副将戦だ。選手は中央まで出てくれ」


 そろそろ僕の出番かと、皆に聞いたら、大将戦に決まっているだろうと怒られた。

 「前に決めただろう。ほんとに、〈タロ〉は抜けているな」とも言われた。

 酷い言われようだ。そうだよ、僕は、いつも抜けているんだよ。溜まっていないよ、空っぽさ。


 副将戦は、誰が考えても〈ソラ〉だ。他に誰もいない。


 〈ソラ〉は黙って中央に進み出て、ニヤリと笑っている。

 緊張していないのは良いことだけど、その笑いは何なのさ。不気味としか言いようがないぞ。

 そのヌヘラとした笑みは、もう止めてくれ。心が不安な気持ちで満たされそうだ。


 それに比べて、相手の副将は、何だかオドオドしている感じだ。


 大勢の観客の前で試合をするのだから、少しくらい緊張するのは仕方がないか。

 殆ど緊張している様子がない、我が二組の方が異常だと言える。

 僕は異常者に囲まれているらしい。異常がうつらないように祈ろう。


 ただ、相手の副将は、緊張しているようだが、何かを怖がっている感じもする。

 さっき中堅の人が、「先頭のガタイ」に平手打ちをされたのが、影響しているのかも知れない。

 負けると四連敗になり、自分も「先頭のガタイ」に平手打ちをされると思っているのかも知れない。

 もう、団体戦の負けは確定したので、そんなことはしないと思うけど、怖い気持ちがあるのだろう。

 こんなに大勢の観客の前で、負けて頬を打たれるのは、すごい屈辱だと思う。

 痛い目に遭うより、それを恐れているのだと思う。


 それにしても、「先頭のガタイ」は、どうしたのだろう。

 負けて悔しいのは分かるけど、腹いせの暴力はいけない。

 そんなことをしても、負の感情が増えるだけで、何も良いことはない。

 授業の一環でしかない試合で、勝敗がそれほど重要とは思えない。

 試合に挑む姿勢と、持てる力を発揮することが大切なんだと思う。

 絶対、何か考え違いをしている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る