第243話 二組先鋒の一本勝ち

 「先頭のガタイ」に言われて、一組の先鋒は慌てて〈フラン〉に打ちかかった。

 上段に大きく振りかぶって、頭に打ちおろそうとしている。ただ、振りのスピードが鈍いな。


 〈フラン〉は、この瞬間を待っていたのだろう。小柄なのを幸いに、相手の懐に潜り込んだ。

  正面から打ち下ろされた模擬刀を、右前方への斜め捌きにかわして、相手の胴を見事に打ち払った。

  静から動へと、急に緊迫した場面になったためか、場内の声援が一斉に止んでいる。

 静寂が訪れた「健武術場」に、「パーン」という乾いた音が鳴り響く。


  〈フラン〉の力が弱いから、相手はそんなにダメージを受けてはいない。

  しかし、これだけ鮮やかに決まったら確実に一本だろう。

  これは戦いではなく、一種の競技なんだからな。


  それにしても、〈フラン〉の度胸の良さには驚嘆するよ。

  普通、打ち下ろされる刀が気になって、あれほど躊躇なく懐に入り込めないものだ。

  どうしても、目の前にある刀が気になってしまう。

  打ち下ろす力と、前に進む力が加算されて、当たれば死ぬほど痛いからな。


「二組先鋒の一本勝ち」


  審判の先生の判定が、静まり返った会場に響き渡った。

  先生は、自分の声が大きく響き渡ったので、とても満足そうに頷いている。

 顔がドヤ顔になって、何か変な決めポーズもしているようだ。

  あくまでも、選手が主役何だから、あんたは脇役に徹しろよ。たぶん、誰も見てないぞ。


 おー、というどよめきの後に、観客が一斉に歓声をあげた。

 「キャー、勝っちゃった。素敵よ」「ワォー、勝ったぞ。良くやった」「マァー、凛々しくて、可愛い」


 「健武術場」が、割れんばかりの拍手に包まれた。皆が、〈フラン〉を称賛している。

 観客も〈フラン〉が、勝つとは思って無かったのだろう。僕も思ってなかった。

 最初に起こったどよめきは、想像を超える出来事だったので、図らずも起こったのだろう。


  〈フラン〉が、大番狂わせを起こしてくれた。

  〈フラン〉は、可愛い顔をしているが、やる時はやるヤツだな。

  これで、二組の全敗は、なくなったのだから、良かったのだろう。


 〈フラン〉は、堂々と両手を挙げて観客に応えている。

  ものすごく様になっているのが、まるでアイドルスターのようだ。

  誇らしさでキラキラした瞳と、興奮で上気した頬が、中性的に見えるのに、なぜか色っぽい。


  女子が「キャー」「キャー」と騒ぐし、一部の男子が「〈フラン〉ちゃん」とコールしている。

  ヲタ芸をしないことを祈ろう。


 「〈タロ〉、ありがとう。君の忠告のお陰で勝てたよ。それに、涙まで流して喜んでくれたんだね」

  〈フラン〉が、僕に抱き着いて、礼を言ってきた。

  忠告。〈フラン〉に忠告した覚えは、まるでない。

  授業の時に適当なことを言っていたのを、真に受けたんだろう。

  コイツ、素直なところも、あるんだな。

  それに、涙を流して喜んだのも間違いだ。この涙は、間違って対戦相手に流したものだ。


 〈フラン〉が、僕に抱き着いて離れないので、マズイことになってきた。

  コイツは、何でこんなに柔らかいんだ。

  それに、思春期の臭い男子の匂いじゃない。甘い匂いだ。まさか糖尿病じゃないよな。

  顔が可愛いから、勘違いしてしまうのだろう。

  このまま、引っ付かれたままでは、僕も勘違いしそうになるよ。


  他にも、マズイことがある。


 「〈フラン〉様に、抱き着いている変態は誰なの」「あいつ、〈フラン〉ちゃんに、いやらしいことをしているぞ」と観客席から、僕があたかも性犯罪者の様な声が出始めた。


 〈アコ〉と〈クルス〉の方へ目をやると、二人とも僕を睨みつけているように見える。

  違うんだ、僕にやましいことなんか何もない。

  少し、勘違いしそうになっているだけなんだ。信じてくれよ。


  「次は次鋒戦だ。中央の白線まで進み出てくれ」


  次鋒は〈ロラ〉のようだ。コイツは、安心して見ていれるだろう。

  僕は、〈フラン〉を引き剥がして、〈ロラ〉の応援体制に入った。


  〈ロラ〉と対戦相手は、互いに礼を交わした。

  そして、〈ロラ〉は片手を上げながら、こちらの方へ帰ってきた。あれ、どうして戦わないんだ。

  向こうの選手が、怪我でもしたのかな。


 〈フラン〉が、「〈ロラ〉は、やっぱり強いや」と言いながら、〈ロラ〉に抱き着いて迎えているのが見えた。

 えー、〈フラン〉は、どんな男でも抱き着くのか。

 うーん、疑問に思うのは、そう言うことじゃない。


 「あれ、〈ロラ〉。どうして戦わなかったんだ」


  「〈タロ〉君、酷いですね。僕が一本取ったところを、見て無かったのですか」


 そうです、僕は、見て無かったのです。

 どうも、開始直後に相手の刀を「パン、パン」と二度払って、手の甲に決めたようだ。

 電光石火の早業だな。


 あんまり早かったので、先生の判定も詰まったような小さな声になって、聞こえなかったみたい。

 先生が「あっ」「あっ」と喉から声を出して、調子を整えているのが見える。

 判定はあんたの役割なんだから、変なパフォーマンスに気をとらわれずに、ちゃんと全うしろよ。

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