第242話 二組の先鋒
「聞こえたけど。僕が笑われているんじゃないの」
「はあー、何言っているんだよ。全く何も面白くない冗談だ。〈タロ〉は、笑いの才能が皆無だな」
「でも、笑い声もしたよ」
「笑っている人もいたけど、それも受けたって言うことだ。君の掛け声は大成功だよ」
んー、大成功なのか。笑われたのも、良いことなのか。何か反応があれば良いのか。
無反応が、良くないってことなんだろう。でも、受け狙いじゃなかったはずだ。
それに良く考えたら、掛け声の先導は〈フラン〉だ。僕は唱和さえしていない。
僕は自意識過剰だったのか、自分の自己顕示欲が恥ずかしい。じいのやり過ぎが恥ずかしい。
いや、恥ずかしくはない。たぶん、ごく普通の頻度だ。それほどの能力は持っていない。
おまけに、笑いのセンスがゼロときた。
なんて、悲しい定めなんだろう。唯一の救いは、〈アコ〉と〈クルス〉を信じたことだ。
「ただ今から、《黒鷲》学舎対抗戦を開始する。先鋒は中央の白線まで進み出ること」
二組の先鋒は、誰だったのかな。
僕が記憶の底を探っているうちに、〈フラン〉が中央に進み出ていった。
「勝敗は一本勝負だ。分かっていると思うが、念のため言っておく。部隊服の厚い部分、頭と胴体と手の甲への打撃が有効となる。場外に出た場合も、一本負けだ。時間は無制限だが、あまりにも逃げ回っていると注意するぞ。審判は先生が務めさせて貰らおう。双方、練習の成果を遺憾なく発揮してくれ。礼が終わったら、試合開始だ」
〈フラン〉と、一組の選手が、互いに礼を行った。
それにしても、一組の選手と〈フラン〉の身長差が著しいな。三十cm近くあるぞ。
これじゃ、大人と子供の試合だ。身長差を生かして、頭を狙われたら一発だな。
「始め」
先生の気合の入った号令で、両者が開始線から一歩踏み出した。
観客が大勢いるためか、無暗やたらと先生が張り切っている感じだ。
始まったばかりなのに、意味もなく試合会場を、飛び跳ねているぞ。
飛び跳ねるのは選手であって、あんたじゃないだろう。
審判なんだから、もっと落ち着けよ。この目立ちたがりが。
反って、選手の方の動きが少ない。一定の距離を空けて、グルグルと回っているだけだ。
達人の試合じゃないんだから、そんなに勿体ぶるなよ。
一組の選手は、身体が硬直しているように見える。コチコチでカクカクした足運びだ。
一番最初の試合で、観客も大勢見ているから、緊張しているんだろう。
〈フラン〉の方も、スルスルと回っているだけだ。
ただ、相手の目をじっと見詰め続けて、決して逃がさない決意のようなものを感じる。
まだ、攻撃を仕掛けてはいないが、決して緊張しているようには見えない。
頬が赤く染まって、気合十分に見える。緊張どころか、口元に笑みを浮かべているぞ。
こんなに度胸が良いとは、思わなかった。落ち着き払った態度が、憎いほどだ。
そう言えば、舞踏会でも女の子を躊躇なく誘っていたな。
成程、この度胸の良さを買われて、選抜メンバーに選ばれたんだな。
先鋒には、うってつけの性格だ。
もう少し、身長差がなければ、良い勝負になっていたかも知れないな。
でも、良く飽きもせずに、ずっと相手を見詰めていられるな。
一組の先鋒は、何だか顔が赤くなってきたぞ。どうしたんだろう。
「キャー、可愛い」「イヤー、痛くしないであげて」「ヒャー、こっち向いて」観客の女子達が、〈フラン〉に黄色い声援を送っている。
仕方がない。顔が良いからな。嫌味がないからな。造りが違うからな。根本の造りがな。
「オー、頑張れ」「ウォー、諦めるな」「アァー、可愛い」観客の男子達が、〈フラン〉に野太い声援を送っている。
仕方がない。女の子にしか見えないからな。健気に見えるからな。可憐に見えるからな。でも根本は違うからな。
僕達選抜メンバーも、当たり前だけど〈フラン〉に「頑張れ」「負けるな」と大声で応援している。
でも、観客の声が大きすぎて、かき消される感じだ。〈フラン〉に、届いているとは思えない。
それは、一組も同じで、相手に対する応援は何も聞こえてこない。
あまりにも応援が一方過ぎて、相手が可哀そうになってきた。
これは、立派な虐めじゃないのか。公開の場で、やっちゃいけないことだよ。
僕と顔の造りが大差ない一組の先鋒が、さすがに気の毒過ぎる。
身につまされて、涙が滲んできた。
僕が相手の立場だったら、もう泣きじゃくって試合会場から逃げているよ。酷い話だ。
過度に緊張しているのは、何も悪くないのに悪役を背負わされたことも、影響しているのに違いない。
「相手の顔に見とれてないで、早く打込め」と「先頭のガタイ」の唸り声が歓声青を突き破って聞こえた。
すごいぞ、「先頭のガタイ」。良く通る声だ。
んー、顔に見とれる、ってなんだ。おー、〈フラン〉に見とれて顔を赤くしていたのか。
ずっと見詰められていたから、変な風に勘違いしたんだろう。いやらしい。
同情した僕の気持ちをどうしてくれるんだ。涙を流した僕は、ただの馬鹿なのか。
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