第241話 「えい、えい、おー」
しばらくすると、一組は「先頭のガタイ」を中心に集まって、何やら「先頭のガタイ」が熱く語り出した。
聞き耳を立てると、「向こうはヒョロヒョロした、うらなり瓢箪だ。もう、勝ったのも同然だ。全力で叩きのめしてやれ」と檄を飛ばしている。
体格差があるから、まあ、そうだよな。気合も十分入っている感じだな。
でも、たかが授業で、良くあんなに熱くなれるな。
青春なのかも知れないけど、見ているこっちも赤面するぞ。
本当の戦いじゃないんだから、もっと、気楽にいこうよ。
「〈タロ〉、一組にあんなことを言われているぞ。こっちも気合を入れてくれよ」
〈アル〉が、少しムッとしたのか、対抗心を燃やしたようだ。
「えっ、あんな恥ずかしいことを僕がやるのか。嫌だよ」
「何言ってるんだ。〈タロ〉が一番強いし、おまけに伯爵だろう」
ひぁー、こんなところで、伯爵が仇になるなんて、聞いてないよ。
嫌と言ったのに、〈アル〉がしつこいぞ。僕に何を期待しているのやら。
はぁー、伯爵なんかになったばかりに、嫌なことが沢山起こるな。
しょうがいないな。恥ずかしいから、小さな声でやろう。
小さな声でやるために、皆に集まって貰った。肩を組んで円陣を組んだ。
これで、ボソボソ声でも聞こえるだろう。周りに聞こえたら恥ずかしい。
「皆、向こうは体格が良い。怪我をしないことが優先だ。命を獲られるわけじゃないから、気楽にいこう。負けても、どおってことはないからな」
「〈タロ〉、肩を組んで円になるのは良い発想だよ。でも、言っている内容もそうだけど、どうにも気合が出ないな。もっと、何かないのか」
「そうかな。それじゃ、僕が「えい、えい」って言うから、皆は「おー」と言ってくれよ」
「その、「えい、えい、おー」と言うのはなんですか」
〈ロラ〉が、不思議そうに聞いてきた。そらそうだろうな。
思い出したことを、適当に言っただけだからな。
「まあ、一種の掛け声なんだ。〈えい〉が、精鋭で、次の〈えい〉が、鋭いで、〈おー〉が応なんだ」
「へぇー、〈お前たちは、精鋭の戦士で、鋭く切り込めるのか。俺達はもちろんそうだ〉って意味なんだろう。《ラング》伯爵家では、戦の前にこうやって気合を入れるんだな。すごく良いと思う。これでいこう」
〈フラン〉が、独自にすごく良いように解釈して、ノリノリになっているぞ。
いや、違うんだけど。でも、もうどうだって良いや、好きな様に思ってくれ。
否定するのも面倒くさい。
ただ、〈フラン〉が、相当興奮している感じだな。
どこに、そんなに興奮する要素があったのだろう。鼻息も荒い気がする。
女の子みたいな顔をしているのに、コイツこんなに好戦的な性格だったのか。
「それじゃいくよ」
〈フラン〉が、掛け声を仕切り出した。良いんだけどな。僕の立場は、どうなったのだろう。
少し淋しい気もする。男の子の気持ちは、複雑なんだ。
円陣を組んだ二組のメンバーが、全員で「えい、えい、おー」と大声で叫んだ。
ただし、僕は叫んでいない。
あれ、僕が「えい、えい」って言って、皆が「おー」って言うはずだろう。
そう言ったよな。聞いてなかったのかよ。僕は、もう用なしなんだな。
頼んでもいないのに、持ち上げられて、直ぐ地べたに落とされた。僕の賞味期限が早すぎるぞ。
腐ってなんかいないぞ。なんて、悲しい末路なんだ。
僕が、しょぼんと落ち込んでいると、周りから大音声が聞こえてきた。
大きな笑い声も混じっているぞ。
えっ、対抗戦の観客は、まさか僕の情けない姿を、笑いものにしているのか。
対抗戦なんて適当に済まそうと思っていたけど、こんな仕打ちを受けるとは、想像もしていなかった。
そんな嘘だろう。
すがるような気持ちで、〈アコ〉と〈クルス〉を必死に探した。
〈アコ〉と〈クルス〉は、「健武術場」壁のところで、目立たないように立っている。
周りにいるのは、二人のお友達のようだ。
〈アコ〉と〈クルス〉とお友達は、嬉しそうに笑っている。
なんてこった。
〈アコ〉と〈クルス〉まで、僕を見て笑っているぞ。
あぁ、一緒に過ごした月日と、僕に伝えてくれた言葉はなんだったんだ。
あの日、手を繋いで頬を染めたのは偽りだったのか。
あの時、交わした口づけは何も熱くはなかったのか。
あのめくるめく夜は、月の光の粒に映る幻だったのか。
もう、僕は終わりだ。もう、立ち直れない。このまま、腐って溶けてしまいたい。
ただ、〈アコ〉と〈クルス〉の顔は、僕を蔑んでいるとは、とても思えない。
笑ってはいるけど、僕を見る目は、くすみのない澄んだ色をしているような気がする。
笑っている唇も、艶々と桜色に輝いている。人を小馬鹿にした声が出ている輝きじゃない。
〈アコ〉と〈クルス〉を信じたい。いや、〈アコ〉と〈クルス〉を信じるぞ。
笑われても、裏切られても、嫌われても、決して信じることを止めないぞ。
「〈タロ〉、君の提案した掛け声は、すごく受けたな。観客が大盛り上がりだ」
「へぇ、そぅなの」
「何言ってるんだよ。〈タロ〉も歓声が聞こえただろう」
〈フラン〉が、興奮気味に僕の肩を叩いてきた。
コイツ興奮して、顔がピンク色に染まっているぞ。
いけないことを、した後みたいな色に染まるなよ。ちょっとドキドキしちまったよ。
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