第239話 お守り

 まあ、そうだな。勉強ばかりしてそうな秀才タイプが多いからな。

 武道は二の次、三の次なんだろう。

 それに、貴族の子弟も、真面目に鍛錬している感じじゃない。

 貴族に生まれたのだから、必要もない苦しいことや痛いことを、したくないのは当然だ。


 むしろ、鍛錬ばかりしている僕が、異常なんだろう。

 でも僕は、無理やりやらされているから。異常じゃないと思う。

 僕の周りの人間が、極めて異常なんだ。

 鍛錬に依存してしまっている、中毒者達だ。僕は、依存症にならないように気をつけよう。


 軍に就職するわけでもないのに、本当に馬鹿馬鹿しい。

 でもまてよ。僕は旅団長になったから、軍に入っているのかな。

 いずれにしても、指揮官に武道は、あまり必要ないと思う。

 指揮官が白兵戦に巻き込まれたら、その時点で軍は壊滅している。

 個人の武勇では、もうどうしようもないからな。


 僕は、いったい何のために、鍛錬や練習しているんだろう。

 うーん、今更ながら、悩むな。


 「〈タロ〉様、何を悩まれているのですか。さっき頑張ってて言いましたけど、頑張らなくても良いですよ。怪我をされなかった、それだけで十分ですわ」


 「私も応援に行きます、と言いましたが、変えました。見には行きますが、応援ではなくて、怪我をされないことを祈りに行きます。どうそ、もう怪我だけはしないでくださいね」


 「あ、何も悩んでないよ。ちょっと、ぼーとしてただけだ。対抗戦は、二人が言うように無理はしなと約束するね。活躍しても、僕には何も特典がないから、恥をかかない程度にしておくよ」


 「それと〈タロ〉様、これはお守りなんです。少し歪になってしまったのですが、受け取って頂けますか」


 「もちろんだよ。〈アコ〉、ありがとう」


 「うふ、肌身につけて頂けたら嬉しいですわ。でも、他の人には、絶対見せてはダメですよ」


 〈アコ〉が、頬を赤くして、手作りのお守りを渡してくれた。

 しかし、他の人に見せてはいけないのは、どうしてだろう。

 なぜだ。理由が分からないな。


 「〈タロ〉様、私のお守りは、まだ持っていますね。失くしたのなら、言ってください。また作り直します」


 〈クルス〉のくれたお守りは、大切に机の引き出しにしまっている。

 失くさないで本当に良かった。僕の中では、久々のファインプレーと言えるな。


 「〈クルス〉のお守りは、ちゃんと引き出しの中に、大切にしまってあるよ。〈クルス〉が、くれたものを失くすわけ無いじゃないか」


 「ふふ、手作りの粗末なものですから、それほど大切にされると、くすぐったいです。でも、とても嬉しいです。ただ、私のも人には見せないでくださいね」


 「んー、お守りを人に見せては、なぜダメなの」


 「それは。どうしてもダメなんです。絶対ですわ」


 「〈タロ〉様、そんなこと聞かないでください。答えられません。それと念のために言っておきますけど、お守りを開いたら怒りますよ。ものすごく怒りますよ」


 「そうですわ。中を覗くような馬鹿な真似は、しないと思いますが。もししたら、一生許しませんよ」


 「中を開いたら、お守りの効力が無くなるからなの」


 「そうですわ」


 「その通りです」


 二人は、顔を真っ赤にして慌てた様子で返事を返してくる。

 どうも、このお守りには、何か秘密があるようだ。

 でも、この様子じゃ二人は教えてくれそうにないな。

 機会があったら、他の誰かに聞いてみよう。


 それから、僕達は主にそれぞれの学舎生活の話をした。

 他の学舎の話も、それぞれ違っていて結構面白いもんだ。

 〈アコ〉と〈クルス〉のところは、当然女子ばかりだから、女子の生態を聞きたかったな。

 男子がいない生活は、どんな風になるのか、知りたかったんだ。

 でも、二人は殆ど教えてくれなかった。


 話すのを迷ってはいたけど、「幻滅されたら困ります」と言うばかりだ。

 「二人とも、幻滅するようなことをしているの」と聞いたら、「そんなことはありません。ただ、環境に合わせる必要もあるのです」との返答だった。


 どっちなんだよ。


 その後は、「うふふ」「ふふふ」と笑って誤魔化された。

 やっぱり、二人切りでないと、色々突っ込んだ話は出来ないな。

 突っ込む、まただ。歪んだ妄想はもうしないぞ。


 お昼になったので、屋根裏部屋から降りることにした。


 帰りは、僕が先頭で階段を下る。〈アコ〉と〈クルス〉が、階段を踏み外した時に支えるためだ。

 途中振り返って、後ろを見たが、二番目の〈アコ〉は僕の直ぐ後ろにいた。


 何しているんだ、〈アコ〉。ダメじゃないか。もっと離れないと、スカートの中が見えないよ。


 「〈タロ〉様が、直ぐ前にいて頂いていると、とっても安心ですわ。いざという時は、私を受け止めてくださいな」


 「うん、任せておいてよ」


 うーん、こう言われたら、〈アコ〉にもっと離れてとは、とても言えないな。

 〈クルス〉も、後ろでクスクス笑っているし。


 せっかく急な階段なのに、活用出来ないのが、もどかしい。

 どうにか出来ないものかな。頭を痛いほど捻っても、良い知恵が浮かばない。

 頭が、フラフラするばかりだ。

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