第238話 おっぱいが絶たれた

 これは、見ているだけなのが、良くないんだと思う。

 視覚から入った情報を、頭が勝手に増幅させて歪めているに違いない。

 もっと、明るく健全なことをしなければならない。

 視覚以外の情報を得て、思考を現実に戻さなければならない。


 そのために、〈アコ〉と〈クルス〉を触ろう。鮮烈な触覚を得よう。

 〈アコ〉と〈クルス〉の脇に手を回し、おっぱいをさわさわしよう。

 ピチピチとした肉体に触れれば、僕の思考は明るく健全になるはずだ。


 〈アコ〉と〈クルス〉は、許嫁なんだから、僕の心の健康に協力を惜しまないはずだよな。

 僕がこのままおかしくなったら、自分達も困るんだから。

 でもいけないな。ピチピチという表現が、まだ中年オヤジのごとくだ。


 僕が、そろそろと右手を脇に差し込んでいくと、〈アコ〉に手首を掴まれてしまった。

 もう片方の手は、僕の手に絡みつかせている。

 〈アコ〉は、両手を使って僕の手を自分の管理下に置いたということだ。

 〈アコ〉のおっぱいが絶たれてしまった。

 おっぱいは直ぐ近くにあるのに、遥か遠くに感じてしまう。


 僕の左手の方は、〈クルス〉の両手で、手の平をしっかりと握られてしまっている。

 拘束されて、左手の自由はもう失われてしまった。

 〈クルス〉のおっぱいも絶たれてしまった。

 おっぱいまでは指呼の距離だが、そこには千丈の谷が横たわっているようだ。

 嗚呼、万事休すだ。


 「〈タロ〉様の腕は、見かけよりずいぶんと逞しいですわ。この腕で、私を困らせる悪いものから、守ってくれるのでしょう。逆ではないですよね。うふふ」


 「〈タロ〉様の手の平は、力強くて分厚いですね。この手の平で、私の手を優しく包んで頂けるのでしょう。それとも、手を包んでは頂けないのでしょうか。ふふふ」


 〈アコ〉と〈クルス〉は、僕の方を向いて、ニコニコと笑いながら話しかけてくる。

 なぜなんだろう。そのニコニコが、少し怖い。

 あなたの浅い考えなんか、全てお見通しです、と言われているようだ。


 全面的に作戦は失敗だ。諸手を上げて降参しよう。

 両手は、すでに制圧されており、挽回の余地は残されてはいない。


 ただ、これはこれで良いとも思う。

 〈アコ〉と〈クルス〉に両手を制圧されたのは、決して不快ではない。

 むしろ、嬉しいぐらいだ。

 〈アコ〉と〈クルス〉の手の温かさと、なよやかさが、手から伝わって、僕の思考を元に戻してくれると思う。

 やっぱり、人が触れ合うことは大切なんだな。改めて強く思う。


 少しだけ、肘がおっぱいに当たっているから、今はこれで満足しておこう。

 おっぱいは、急に萎んでしまうものではないはずだ。次の機会にかけよう。

 かけようか、ダメだ。変な妄想はもう止めよう。


 「二人とも、何を言っているんだ。僕は二人を当然守るし、いつも包んであげたいと思っているよ」


 「うふふ、〈タロ〉様を、まさか疑ってなんかいませんわ。優先順位を確認したかっただけです」


 「ふふふ、〈タロ〉様のことは、心より信じていますよ。でも、直ぐに暴走するのも良く分かっています」


 二人とも何だよ。本当に僕を信じているのか。

 直ぐにエッチなことをするのを、信じているだけじゃないのか。

 信頼を得るにはどうすれば良いのだろう。

 エッチなことをしながらでは、かなり難しいと思う。

 でも、困難に挑戦するのが若人だ。両立を目指そう。


 「〈タロ〉様、《黒鷲》の対抗戦がもう直ぐあるのですね」


 〈アコ〉が、ふいに聞いてきた。


 「私も聞きましたよ。皆が噂をしていました」


 〈クルス〉も、不思議に興味があるようだ。

 余所の学舎の行事なのに、どうしてなのかな。


 「二人とも、良く知っているな。そうなんだよ。選抜選手に選ばれて、かったるいんだ」


 「うわ、やっぱり〈タロ〉様は、選手に選ばれているのですね。私、応援にいきますから、頑張ってください。楽しみですわ」


 「ふふ、〈タロ〉様はいつも鍛錬なさっておられますから、それは選ばれますよね。私も応援にいきます」


 「えぇ、二人ともわざわざ応援にくるの。単なる〈武体術〉の授業だよ」


 「まあ、〈タロ〉様、ご存じないのですか。《黒鷲》の対抗戦は、結構有名なのですわ。活躍した学舎生は、一目置かれる存在になるのですよ」


 「そうですよ。〈タロ〉様。《赤鳩》から見に行く人も大勢いるはずです。選抜選手は注目の的です。将来有望な、配偶者候補と思われるようですよ」


 「そうなの。軍に入る人以外は、武道はあまり関係ないんじゃないのかな」


 「そんなこと、ないですわ。頭脳も大事ですが、身体の健康の方が、もっと重要です。頭でっかち過ぎる人は、ちょっと敬遠されていますわ」


 「《黒鷲》は学舎生の人数が、少ないですから、多くの人が対抗戦に選ばれます。選ばれない人は、身体が弱い人と思われがちなのですよ」


 「そうなのか。でも、選抜選手は、全然やる気がないんだけどな」


 「そうなのですか。意外ですわ。外から見るのと、内とでは違うのですね」


 「たぶん、騎士爵の学舎生は、勉学が得意なのだと思います。厳しい試験を突破された人達ですからね」

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