第236話 秘密の小部屋

 「ふぅ、やっと上まで昇りきりました。少し緊張しましたわ」


 「ほぅ、手すりを持つ手に力が入りました。下を見るのが、怖いほどですね」


 なんだ。もう三階に着いてしまったのか。思ったより早かったな。

 もっと、ずっと見ていたかった。あぁ、幸せな時間は、直ぐに過ぎてしまうんだな。

 ショーツは、はいていたけど。はかないもんだな。


 「長くて急だけど、それほど大変でもなかったよ。あっと言う間だったね」


 「〈タロ〉様は、そうなのですか。私は慣れるまで、少し時間がかかりそうですわ」


 「私も昇るだけで、精一杯でした。後ろを気にする余裕は、ありませんでしたよ、〈タロ〉様」


 〈クルス〉は、咎めるようなジッとした冷たい目で、僕を見てきた。

 うぅ、〈クルス〉は、覗いていたのを気づいている感じだ。

 僕が何をしたっていうんだよ。観察していただけじゃないか。減るもんじゃないし。


 あぁ、次に階段を昇る時は、どうしたもんだろう。もう、観察は出来ないのか。


 そんなのは、嫌だ。色んな色のショーツが見たいんだ。七色のショーツを希望する。

 僕の目の間で繰り広げられる、七色のページェントを夢見ていたのに、とても悲しい。

 階段は、めくるめく舞台とはならないのか。スカートは、めくらないからさ。

 見果てぬ夢となるのか。僕は果てたい。


 でもしかし、大丈夫だと思おう。根拠は何もない。

 次回の〈クルス〉の雰囲気が、どうなっているかが勝負だ。

 きっと悪い方には、転んでいないはずだ。転んだら、直ぐに助けるからさ。頼むよ。

 真摯に祈ろう。


 だが、今はちょっと悪い雰囲気だ。早く部屋に入ろう。


 「この扉を開けたら、屋根裏部屋があるんだ。天井の低い所が、あるから気をつけてね」


 僕達は、頭に注意しながら屋根裏部屋に入った。

 大きさは、小さなワンルームマンション程度の広さだ。

 三人も入ると、少し狭く感じる。

 部屋の隅に行くにつれて、天井が低くなるのも、部屋を狭い印象にさせている。


 屋根裏だから、部屋の真ん中は立ち上がっても高さに余裕があるけど、端の方は屋根の勾配の関係で、屈まなくてはならない。


 「うわ、〈タロ〉様。可愛らしくて、素敵ですわ。お人形のお屋敷みたいな部屋ですね」


 〈アコ〉は、この部屋を貶すわけには、いかないからな。

 ただ、表情を見ると、本心から素敵と思っている感じだ。

 幼いころ、ドールハウスで遊んだ経験があるのだろう。

 疎んじられてはいたけど、そこは貴族のお嬢様だからな。

 王宮の方から、プレゼントされたのかも知れないな。


 「へぇー、思っていたより大きいのですね。三階にこのような部屋があるのが、まだ信じられません。秘密の小部屋なのですね」


 秘密の小部屋とは、ねっとりした良い表現だ。

 二人とも、この部屋で信じられないほどのエロエロな、秘密のことを一杯しようぜ。

 ヒヒヒィ。


 「〈タロ〉様、声が変ですわ。大丈夫なのですか。それと、椅子がないのは、床に座るのということですか」


 「そうなんだ。天井が低いからそうしたんだ。座れるように、毛足の長い絨毯を敷いているんだよ。大きめの背もたれもあるだろう」


 「確かに手触りの良い絨毯ですわ。この上に座ったら、とても寛げそうです。でも、気を付けないと、そのまま眠ってしまいそうですね」


 それも良いかな。また、〈アコ〉に添い寝をして貰おう。


 「〈タロ〉様、ここにある箪笥とお手洗いは、分かるのですが。横にあるレンガで出来ているものは、何ですか」


 「それは、一階と二階の部屋の煙突なんだよ。暖炉の煙突なんだ。冬はこの部屋の暖房にもなるんだ」


 「そうなのですね。この部屋には、暖炉がないのはそのためですか。あの階段を昇って、燃料を運ぶのは大変ですものね」


 部屋の大きな部分というか。壁の張り出しというか。

 とにかく、ドンと大きな構造物が鎮座しているから、気になるよな。

 建物の構造上仕方がないんだろう。


 「〈タロ〉様、窓を開けて良いですか」


 「良いよ」


 この部屋には、小さな窓が二箇所切られている。

 二つの窓とも、ガラス窓の外に板戸が付けられているので、開けるのに少々手間がかかる。

 〈アコ〉と〈クルス〉は、それぞれの窓を「うんしょ」と頑張って開いている。


 外側にある板戸が、窓というより壁の装飾に見えるので、そこに三階があると思えない造りになっている。

 わざとではないと思うが、これが三階を秘密の部屋にしている大きな要因だ。


 「うわー、人があんなに小さいですわ。蟻みたいな大きさしかありません」


 おお、〈アコ〉は大丈夫だよな。

 人を蟻みたいに思って、踏みつけるような人間にはならないよな。


 どうしても、我慢できないなら、代わりに僕を踏みつけてくれ。

 僕は、〈アコ〉のためなら、どんな犠牲も厭わないよ。喜んで、顔とあそこを差し出すよ。


 でもその時は、黒いストッキングをはいてなきゃ嫌だ。

 今は、はいて無いので、スライディングして、顔とあそこを差し出すことは出来ない。

 僕の美学が許さない。僕にも、譲れない矜持があるんだ。


 あっ、変な妄想は、もう止めよう。〈アコ〉に失礼過ぎる。

 これは冗談なんだ。僕には、こんな変態趣味はないと断言出来る。信じてください。


 でも、黒いストッキングが、自然と頭に浮かんだのが、少し心配です。

 ドキドキしています。

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