第234話 長い階段

 「〈アコ〉、実は部屋がもう一つあるんだよ。ただ、狭くて昇るのが大変なんだ。今から、見に行くかい」


 「えっ、部屋があるのですか。どこにありました。私には分かりませんが、ぜひ見に行きたいですわ」


 〈アコ〉は、ようやく顔を上げて僕の顔を見てきた。

 表情は、まだ半信半疑だ。まあ、無理もないな。


 「それじゃ、直ぐに見に行こうか。〈クルス〉も誘って行こう」


 〈アコ〉と一緒に、《赤鳩》の門まで来て、〈クルス〉を呼び出して貰った。

 〈クルス〉は、〈アコ〉の様子が、いつもと違うのを勘づいたようで、〈アコ〉を門の隅まで引っ張って行った。そこで、話を聞くことにしたようだ。


 〈アコ〉が、〈クルス〉にしきりに謝っているのが見えている。

 〈クルス〉は、〈アコ〉を責めたりせずに、肩を抱いて慰めているのも見える。


 二人は、仲の良いお友達だからな。

 しかし、お友達だからといって、僕から離れ、二人だけで話すのは止めて欲しい。

 僕を避けているみたいじゃないか。僕には、言えない話をしているの。

 僕を仲間外れにしないでくれよ。泣いてしまうぞ。


 三人で、〈南国茶店〉にやってきた。

 まずは、〈カリナ〉と部屋の借り賃の値付けをする必要がある。


 「……と言うわけなんだ。二階の部屋の料金はどうする」


 「私に聞かれても、そんなことは知りません。ご領主様が、決めてくださいよ」


 「そう言うなよ。そうだ、王都で部屋を借りる時の相場を教えてよ」


 「うーん、そうですね。立地と広さと築年数で、一概にこうとは言えませんね。年十銀貨もしない物件から、五金貨もする高級な物もあります。値段の幅があり過ぎて、参考にはならないですよ」


 あまり参考にならないとしても、少しでも参考になる物が必要なんだ。

 そうでないと、値段が付けられないだろう。商売人なら、分かれよ。

 でもしかし、僕も〈カリナ〉も、商売人じゃなかったような。


 まあ、あの二人は幾らでも金を出しそうだし、ここは思い切り吹っかけてやるか。


 「この店の立地は特殊だし、学舎町内で他に借りれる部屋はないらしい。唯一無二の特別な物件と言えるだろう。だから、年十金貨としよう」


 「えー、十金貨ですか。一部屋に、そんなバカみたいな値段を払う人がいるのですか」


 バカとはなんだよ。バカとは。僕のことを、バカ呼ばわりしているんじゃないだろうな。


 「それが、二人もいるんだよ。近々、ここに来るから、値段を言っておいてくれ」


 「えー、私が伝えるのですか。そんなバカみたいな値段を言いたくないです」


 お前が伝えなくて、誰が伝えるんだよ。僕もこんなバカみたいな値段を言いたくない。


 「心配するな。値段を伝えるだけだよ。僕が決めたと、言っても良いんだよ」


 でも相手は、店長のお前が決めたと思うだろう。

 世間知らずの貴族の僕が、決めたとは普通思わないよ。あははは。


 「そうですけど。笑われたり、怒られたりしそうで怖いです」


 ヤバいと思うなら、〈リク〉を横に置いて伝えれば良いんじゃないの。

 生きている良い御守りになるぞ。


 「大丈夫。相手は、《白鶴》の貴族のお嬢様だ。お上品なもんだよ」


 一人は、すごく嫌なヤツだけどな。何か嫌味を吐くと思う。昼食を賭けても良い。


 「ふぅ、伝えるだけは、伝えてみます。どうなっても、私は責任を持ちませんよ」


 何かあったら、何とかしろよ。僕を呼び出しても、無視するからな。


 「それで良いから頼むよ」


 「ご領主様は、ここぞと言う時は、容赦なく儲けようとされますね。なんだか怖くなってきました」


 おっ、まさか僕の心の声が聞こえたのか。そうでもないようだけど。

 顔に少し出ていたのかも知れないな。これからは、顔に出ないように気を付けよう。


 〈カリナ〉とのニュービジネスの協議が終わって、次は秘策の披露だ。

 〈アコ〉と〈クルス〉を連れて、〈南国茶店〉の裏手にまわる。


 〈南国茶店〉の裏側には、扉が二つあって、一つは勝手口だ。

 今から用があるのは、もう一つの方の扉だ。

 全く使っていない扉なので、傷んではいないけど古びてはいる。

 小さな扉だけど、古くて色が濃いから、何か異世界に通じているような雰囲気があるな。

 うーん、異世界か。どうなんだろう。


 扉を開けると、直ぐ階段になっている。階段以外は何もない。

 階段は、長くて急だ。一階から三階まで、一直線になっているからだ。

 二階部分は、すっ飛ばしている構造になっている。


 途中に踊り場は、一個所も設けられていない。

 踊り場を設けると、もっと急勾配になるから仕方がなかったんだろう。

 そのため、足を踏み外したら、一気に下まで落ちてしまう危険な階段となっている。


 この階段は、三階の屋根裏部屋に行くためのものだ。

 なんのために、屋根裏部屋が作られたのかは、定かではない。

 住み込みの従業員用だったのではないかと、想像している。


 僕が、店舗を購入した時に、この屋根裏部屋も、一応内装をやり直して使えるようにしておいた。

 その時は、何か、僕の秘密基地的なものにしようと考えていたんだ。

 秘密基地は、少年の憧れだからな。

 長い階段の先にある屋根裏部屋なんて、最高のシチュエーションだと思う。

 入口も裏側にあって目立たないし、ぱっと見屋根裏部屋があるように見えないのも、男心をくすぐったのさ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る