第231話 僕は船長を疑った
王宮の司令官室から、ヨロヨロと這い出した。疲れたから早く帰ろう。
「旅団長様、どちらへ行かれるのですか。まさか帰るのではないですよね」
〈ボツ〉副旅団長が、僕の腕をがっしりと掴んで、逃がさないようにしてくる。
僕の腕は、許嫁達が掴むものなので、おっさんは触らないで欲しい。
気持ちが良いものではない。ゾソッと、少し寒気がするぞ。
「〈ボツ〉副旅団長、腕を掴むは止めてくれよ。どうしたんだ」
「決まっているでしょう。今から、「財事局」へ、交渉に行くのですよ」
「えぇー、もう疲れたよ。また、今度で良いだろう」
「それには従えません。今いかないと、旅団長様は、もう来ない気がひしひしとします。この話は、旅団長、いえ、〈ラング〉伯爵が、いないと話にならないんです」
何と、実務がバリバリ出来る有能な副旅団長のだけのことはある。
短時間に、僕の性向を見抜いているぞ。
副旅団長に、丸投げしようと思っていたが、先手を打たれた。
迂闊だった。走って帰れば良かった。
「何を言っているんだ。交渉は、当然するつもりだったよ。当たり前だろう。疲れているけど、今が良いなら行くよ」
「そうですか。それでは行きましょう。同じ王宮内にありますから、直ぐですよ」
直ぐ行けるのか。行きたくないな。遠ければ良かったのに。
財事局に行くと、局長室に通された。僕が旅団長だから、こうなるようだ。
もっと下っ端の方が、しゃべりやすかったのに、残念だ。
「お邪魔します、財事局長。忙しいところ申し訳ない。いきなり訪問したので、時間はないですよね」
「〈ラング〉旅団長、ようこそいらっしゃいました。忙しいのは、いつものことです。せっかく来られたのですから、今、交渉を終わらせましょう。再度ですと、日程調整とかで反って時間を消費しますよ」
えぇー、急だから交渉する時間はないと言えよ。気が利かないヤツだな。
「そうですか、分かりました。交渉とおっしゃいましたので、用件はご存じですよね」
「えぇ、〈ラング〉伯爵の持ち船を、海旅団に賃貸借する件ですよね」
「そうです。時間を取らせると悪いので、早速ですが、こちらの要求を伝えますね」
本当は、財事局側から金額を提示させる方が、交渉の良いやり方だと思う。
けど、もう良いや。早く終わらせたい。
でも、最初はかましてやろう。
後は知らない。実務がバリバリ出来る有能な副旅団長が、何とかするだろう。
「どうそ話してください。お聞きしましょう」
お前の言いたいことを言ってみろ。けちょんけちょんに、してやるぞという意気込みを感じるぞ。
でも、僕はどうでも良いや。どうそ、お好きにしてくださいだ。
「まず初めにお伝えするのは、大型船の建造に、どれほど莫大な費用が、かかるかということです。我が伯爵家では、亡き父が大型船を建造し…… 」
大型船の建造に、どれほど莫大な費用がかかるのか、長々と言ってやった。
領地経営が、傾きそうになるほどの、費用がかかることを言ってやった。
僕はこれの後始末で苦労したから、大変熱がこもった演説になっていたと思う。
話し出したら、止まらなくなってしまった。
自分でも、分からなかったけど、どうも吐き出したいものがあったようだ。
ただ、領地の経営状況を、正直に伝えて良かったのかな。
敵対まではいかないが、反目し合っている側だからな。
まあ、今の経営状況は、飛躍的に改善したから良いとしておこう。
「ほぉ、それ程の費用がかかるのですか」
「そうなのですよ。船の大きさが倍になったら、費用は倍じゃなくて、倍々で四倍以上かかるのですよ。僕が言いたいのは、賃貸借なら、その費用がゼロに出来るということです」
「ゼロですか。言いたいことは、少し分かりました。でも、賃貸借をする船は、戦争の鹵獲品で、ただではないのですか。費用はゼロですよね」
あれだけ熱演したのに、少しし分からなのか。冷たいヤツだな。
おまけに、費用はゼロときやがったか。痛いところをついてくるな。
「そんなことは、あり得ないです。鹵獲した船は、〈ラング〉領の兵士と僕の命をかけて得たものです。すさまじい費用が、かかっていると言えるでしょう。当然、沢山の戦費を費やしたのも、ご存だと思います。また、引き上げ費用も、決してバカに出来ない額です。大変な作業で…… 」
僕は、ここで引き上げ作業が、どれほど困難を極めたかを、延々としゃべった。
船長に、しつこくしつこく、聞かされたホラ話をそのまましゃべってやった。
誰かに、船長から受けた苦痛を、味合わせてやりたかったのかも知れない。
誰でも良いから、苦痛を共有したかったんだと思う。
引き上げ作業の話は、僅かに本当のこともあると思うが、あの船長が言うと全て嘘に聞こえる。
人間性の問題だな。品格の欠如だな。品性かな。
引き上げ作業は、島が流されるような大嵐に見舞われたり、地平線が見えるほどの大きな砂浜全体が、崩れて呑み込まれそうになったり、王都の半分近い心無い人達の嘲笑を受けたりして、とにかく大変だったと強く強く伝えた。
ただ、大海獣に襲われて命からがら助かった話は、省いておいた。
正気を疑われるからな。
僕は船長の正気を疑った。
地平線が見える砂浜は、砂浜とは言えないとも反論したが、砂で出来ている浜なんだから砂浜なんだと、斜め上方向の答えが返ってきた。
僕は船長の知能も疑った。
どちらとも、前々から、薄々疑ってはいたけどな。
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