第224話 苦しい

 「あん、〈タロ〉様、幸せですけど、苦しいです」


 そう言って、〈クルス〉は僕を見詰めた。

 力が強すぎて苦しいのか。キスを待ち焦がれて苦しいのか。もっと違うことで苦しいのか。

 僕には分からなかった。

 今は、僕に出来ることをしよう。


 強く抱きしめたまま、〈クルス〉の唇に、そっとキスをした。


 「あー、〈タロ〉様、私、もっと幸せになりました。でも、まだ苦しいです」


 〈クルス〉は、ずっと僕を見詰め続けている。

 僕は、もっと強く抱きしめて、〈クルス〉の唇に強く唇を合わせて吸った。


 「はぁん、〈タロ〉様、私、幸せ過ぎて、苦しいです」


 〈クルス〉は、僕を見詰めているけど、瞳はぼーとして濡れているように思う。

 僕は、強く抱きしめたまま、唇を割って〈クルス〉の舌を愛撫した。長く。


 〈クルス〉は、「いゃ」「いゃ」と繰り返し喘いで、僕に抱きしめられたまま、身体を捩っている。

 そして、小さく震えた後、僕の胸を押した。

 僕は、〈クルス〉の口から舌を抜いて、抱きしめている力を緩めた。


 「はぁん、はぁ、はぁ、〈タロ〉様、舌を責めるのは、もう止めて。幸せの種類が変わってしまいます。これ以上は結婚してからです。私も苦しいのですから、〈タロ〉様も我慢してくださいね」


 「〈クルス〉は、どうして苦しいの。僕がどうにか出来るの」


 「私が苦しいのは、〈タロ〉様のせいでもあります。でも、〈タロ〉様がどうにか出来るとは思いません。うーん、そうですね。強い光が、濃い影を生むようなものですよ。結婚して〈タロ〉様が日常になって、薄くなることを期待しています」


 僕が日常で、薄くなる。影が。どういうこと。

 僕の頭が薄くなる予言なの。〈クルス〉は、僕が禿げるのを期待しているの。

 〈クルス〉は、禿が好きなのか。禿げとは。〈クルス〉の好みが分からないな。


 「僕のせいなのに、僕にはどうしようもないの」


 「そうです。苦しいのは私の心ですから。でも、この苦しむ心を含めて、私は今の自分を愛しく思っています。だから、良いのです。私はこんなふうに、〈タロ〉様と過ごすことが、一番嬉しいのです。余計なことを言いましたが、〈タロ〉様は悩んだらいけませんよ。笑顔でいてくださいね」


 「ははぁ、良く分からないけど。笑っていたら良いの」


 「うふふ、そうです。笑っていてください。それと、もうお昼です。ご飯にしましょう」


 「えー、そんなに時間が過ぎたのか」


 「うふ、えー、なのです。〈タロ〉様といると、時間が早くなるのです」


 僕は、〈クルス〉お手製のお弁当を夢中で食べた。

 僕が「美味い」「美味い」を連発すると、〈クルス〉は嬉しそうに「クスクス」と笑った。

 僕の言い方が、笑いを誘ったようだ。


 〈クルス〉に、言い方が変だった、と聞いたら、そうじゃないと言われた。

 本当に美味しそうに、「美味い」「美味い」を連発するから、可笑しくなったらしい。

 〈クルス〉は、良く分からないことで、可笑しくなるんだな。

 美味しい物は、美味しいとしか表現出来ないぞ。


 「うふふ、〈タロ〉様は、それで良いのです。素直な〈タロ〉様で、いてください」


 〈クルス〉は、笑いながら言っているし。僕を子供扱いしているんじゃないのか。

 馬鹿にされている気がするぞ。僕は少しムッとしたぞ。


 だから、二階の部屋を出る〈クルス〉の不意をついて、無理やりキスをした。

 〈クルス〉は、吃驚したようだけど、僕の好きなようにキスをさせてくれた。


 「あん、〈タロ〉様。乱暴なキスですね。私が笑ったから、怒ったのですね。二人切りの時は、いつキスされても、私は怒ったりしません。だから、乱暴にしたい時は、それでも構いません。それで、〈タロ〉様の気が済むのなら、私は幸せです」


 〈クルス〉は、幸せですと言っているけど、本当に幸せなのか。疑問だ。


 「うぅ、悪かったよ、〈クルス〉。もう無理やりしないよ」


 「うふふ、私は怒ってないのですよ。無理やりのキスは複雑です。本当に幸せな時もあるのですよ。場合によりますので、上手く説明は出来ません」


 何か〈クルス〉に、お姉さん風を吹かれた気がする。

 同い年なのにな。どうしたもんだろう。僕は、少しバカなんだろう。

 〈クルス〉にも説明出来ないのに、僕が考えても仕方がない。もう思考停止だ。


 〈南国茶店〉を出て、〈クルス〉を《赤鳩》の門まで送って行く。

 〈クルス〉は、にこやかに笑っていたけど、どこか辛そうにも感じた。

 〈クルス〉が言ったことに、囚われているから、そう思ったのだろう。

 〈クルス〉が門をくぐる時、振り返ったから、そう思ったのだろう。

 いつも〈クルス〉は、振り返っていたけど、なにも気づかず歩み去っていたんだろう。

 それが、〈クルス〉の苦しみの原因かも知れない。 


 それと、大失敗したと思った。大ボケを盛大にかました。

 〈クルス〉のおっぱいとか、お尻を触るのをすっかり忘れていたぞ。

 こんな大事なことを忘れるなんて。間抜けな自分が嫌になる。

 僕は、相当バカなんだろう。


 でも、終わったことを悔やんでも、何も益がない。

 気を取り直して、《白鶴》に向かおう。

 メロンおっぱいが、待っててくれるはずだ。

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