第221話 〈クルス〉は僕専用

 〈カリナ〉は、「あっ」って言って、僕を熱い目で見詰めていた気がする。

 〈リク〉が非番になって、隣で店を手伝っているのに、そんな目で僕を見詰めてはいけない。

 〈リク〉が、悲しくなって泣いてしまうぞ。僕は、なんて罪作りな男なんだろう。


 ただ、〈カリナ〉は全く眼中にないから、〈リク〉よ、安心してくれ。

 〈カリナ〉に、異性としての興味はない。ただの店員で、からかう対象だよ。


 「〈タロ〉様、また、バナナ果汁を勝手に持ってきたのですね。〈カリナ〉さんが、怒っていましたよ」


 「えっ、あれは怒っていたの。てっきり、僕を見詰めているんだと思っていたよ」


 「はぁ、ずっと見られていましたが、あれは、怒っているからです。何と勘違いされたのですか」


 「いやー、何だろう」


 「〈カリナ〉さんと〈リク〉さんは、愛し合っておられますから、そんな訳ありません」


 「そうなのか。それに、少しくらい〈カリナ〉が起こっても、店主だから平気だよ」


 「確かに、〈タロ〉様は、店主でご領主様ですが。後で二階に届けて欲しいと言えば、済むことなのですよ。それを〈タロ〉様が、勝手に持っていくから、怒っておられるのです」


 「分かりました。もうしません」


 「どうも心配ですね。一緒にいる私まで、悪い印象を持たれかねません。今度から、私が注文しますから、〈タロ〉様は何もしないでください。いいですね」


 「はい。そうします」


 「します、まだ少し不安ですが、まあ良いです。それでは、部屋着に着かえて、ゆっくりしましょう」


 部屋着に着かえて、ソファーに座って、バナナジュースを飲む。

 甘くて美味しくて、脳も喜んでいる気がするな。ソファーも気持ち良くて、動けなくなりそうだ。


 「〈タロ〉様、旅団の御用と領地の執務で、疲れていると仰っていましたね」


 「そうなんだ。二つもしなくてはならないから、とても疲れているんだよ」


 「お可哀そうに。身体全体が、疲れているのですか」


 「そうなんだ。特に、馬車で腰が疲れて、執務で目を酷使したから、首と肩が疲れているんだよ」


 「首から腰なのですね。それなら、私が揉み治療をしてさしあげます」


 「ほぉ、〈クルス〉は、揉み治療が出来るの」


 「出来ると言うほどではありませんが、授業で少し習いました」


 「へぇー、それは良いな」


 「あまり期待しないでくださいね。素人の真似事ですから。それでは、長椅子に顔を下に向けて寝転んでください」


 「これで良いかい。楽しみだな」


 「うふふ、期待しないでね、って言ったのに。でも、真心込めて揉みますよ」


 〈クルス〉が、僕の太ももの辺りに乗って、腰にマッサージを始めてくれた。

 〈クルス〉は、女の子座りといっていいのか。僕の身体を跨いでいるといっていいのか。

 ようは、僕の太ももに自分の太ももを引っ付けている。

 お尻も、僕の膝の辺りに引っ付けてくれている。


 おぉ、結構な密着度じゃないか。なんて、柔らかくて気持ちが良いんだ。

 真面目なマッサージをしてくれているのに、とてもドキドキしてきたぞ。

 癒されると言うより、ムクムクと活力が湧いて、元気になってきた。

 身体も熱くなって、汗ばんできた気がする。


 〈クルス〉は、腰を揉むと言うより、腰を手の平で、さすってくれている。

 素人が下手に揉むと、かえって筋肉を傷めてしまうから、さするだけにしているんだろう。


 「〈タロ〉様、どうですか。腰の疲れは良くなりましたか」


 「うん。とっても気持ちが良いよ」


 「そうでしょう。私の治療は中々のものでしょう。先生にも褒められたのですよ」


 「先生に褒められたの。それはすごいな。〈クルス〉の治療は、僕の生気をみなぎらせて、元気にしてくれるよ」


 「うふ、生気がみなぎるのですか。〈タロ〉様、それは褒めすぎですよ」


 「褒めすぎじゃないよ。〈クルス〉の手は、生命の元を引き出す手だよ」


 「もお、〈タロ〉様、これ以上褒めないでください。恥ずかしくて堪りません。それと、私は重くありませんか」


 「全然、重くないよ。〈クルス〉は軽すぎるな。まるで、鳥の羽みたいに軽いよ」


 「そうですか。重くないのなら良いです。私も最近は、良く食べるのですけど、もっと身体に、お肉がついた方が良いですか」


 「うーん、〈クルス〉は、そのままで充分だよ。そのままで、すごく魅力的だ」


 「うふふ、〈タロ〉様、ありがとうございます。とても嬉しいです。もっと揉みますね。次は肩を揉みますよ」


 〈クルス〉は、女の子座りのまま、膝を使って僕の身体の上を移動していく。

  ソファーが狭くて、おまけにフワフワなので、立ち上がるのは危険と判断したのだろう。


 移動する時に、お尻と太ももで、僕の腰をさすっているぞ。


 それとも、これは〈クルス〉治療院のサービスなのかも知れない。

 サービスが、良すぎるんじゃないか。

 〈クルス〉が治療院を開けば、連日超満員に違いない。

 だけど、〈クルス〉は僕専用だ。決して、他の人の治療はさせない。

 お尻と太ももで、マッサージするなんて、もっての外だ。


 このサービスは、僕だけの特権だよ。

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