第220話 苦痛に満ちている

 旅団長になったけど、僕の一日は苦痛に満ちている。


 未だに、朝早くから稽古を続けさせられている。

 もう止めたいのだが、〈リク〉が、決して「うん」と言わないと思う。

 悲し気な顔をして、延々と粘り強く、僕を説得しようとするだろう。


 なんて、鬱陶しいんだ。考えただけで、鬱になってくる。

 だから言わないことにしているんだ。でも、僕は領主なんだよな。

 なぜ、僕の考えが通せないんだろう。


 僕が旅団長になったことで、〈リク〉はすごく張り切っている様子だ。

 早朝稽古のメニューを、増やそうと画策しやがった。なんてヤツなんだ。

 中毒者は始末におけない。もちろん、全力で抵抗して潰してやった。

 僕は領主なんだよ。少しは意見を通せるんだ。

 うーん、なぜ少しなんだろう。


 〈リク〉が張り切っているのは、軍に帰ることが出来たためだと思う。

 旅団形成の勅使が出された場合、《ラング》伯爵家の兵は、旅団の中心となることが決まっている。

 中心といっても、他の貴族家の兵は、誰も来ないんだけどな。


 海方面旅団が形成された場合、〈リク〉が一番適任のため、軍の指揮をしてもらうことになる。

 その時、〈リク〉は、なれなかった王国軍の隊長になるはずだ。

 海方面旅団は、人材も些細なものだから、確実になれる。他に目ぼしい人は、いないからな。


 〈リク〉は、やっぱり軍に愛着があると思う。

 親父さんの意思を継いで、国と人民を守りたいと思っているんだろう。

 仲間と力を合わせて、何かを成し遂げることに、喜びを感じる人種だと思う。

 僕には、理解出来ないけど、真面目な〈リク〉が考えそうなことだ。


 だけど、僕はお飾りだから、鍛錬の稽古もいらないから。そっとしておいて欲しい。


 今学期からは、王都でも、領地関係の執務をすることになっている。

 これも、辛いんだ。執務は、基本的に面白味のない仕事だ。地味なんだ。


 授業が終わってから、「南国果物店」の裏の屋敷で、執務をしなければならない。

 授業でクタクタなのに、まだ執務をしなくてはならない。

 集中力も続かない。目もしょぼしょぼしてくる。どうして僕だけが、こんな目に遭うのか。

 辛い。とても辛いよ。


 これが、十日に一度くらいの頻度である。船で書類が、運ばれてくるたびにある。

 大変、苦痛だ。


 屋敷に着くと、 秘書役の〈ソラィウ〉が、沢山の書類を抱えて待ち構えていやがる。

 僕を見て、薄ら笑いを浮かべているので、無性に腹立たしい。


 たぶん、愛想笑いをしているのだろうが、僕が辛い目に遭っているのを、笑っているとしか思えない。

 僕の心が、荒んでしまっているせいなんだろう。

 どうにも、良くない傾向だ。


 執務がある日は、屋敷で泊まることになる。執務が夜中に及ぶからだ。

 それなのに、早朝から〈リク〉が、たたき起こしにきやがる。

 早朝稽古に間に合わせるためらしい。

 ただでさえ、睡眠時間が削られているのに、勘弁してくれよ。

 もっと、眠らせてくれ。もう、首にするぞ。もう、何もかも嫌だ。


 僕の心が悲鳴をあげて、壊れてしまいそうだ。

 ゆっくり眠りたいよ、息抜きがしたいよ。楽がしたいよ。


 耐えに耐えて、ようやく休養日がやってきた。これでやっと身体と心を休養させられる。


 要求書は、副旅団長が作成してくれて、今は各所に根回しをしているようだ。

 副旅団長は、中々使える人かも知れない。副旅団長室のために頑張って欲しい。


 今回の休養日は、僕の休養を優先させて、一日中、〈南国茶店〉の二階で過ごすことにした。

 文字通りの休養日だ。


 何処かへ出かけたり、何かの買い物につき合ったりする、気力が湧かなかったんだ。

 とにかく、身体を休めて、〈アコ〉と〈クルス〉に癒されたかったんだ。


 午前中は、〈クルス〉と過ごすことになっている。お昼のお弁当も、〈クルス〉の手作りだ。

 きっと、良い休養になるだろう。溜まりに溜まっていたストレスも、霧散するに違いない。


 「〈タロ〉様、おはようございます」


 〈クルス〉の声を聞いてだけで、ストレスが少し減った気がするぞ。

 

 「〈クルス〉、おはよう」


 〈南国茶店〉は、朝から七割程度の席が、すでに埋まっている。

 甘い物と甘いジュースを朝食代わりにする、学舎生と職員が一定数いるようだ。

 肥満と糖尿病は、大丈夫なのか。


 〈カリナ〉に聞くと、この人達がこんな朝食を食べるのは、休養日だけの贅沢らしい。

 僕以外にも、ストレスを抱えて、何かで発散する必要のある人が、大勢いるのだな。

 脳が欲しがる甘い物を摂取して、脳を快楽物質でチャブチャブに満たすのだろう。


 ただ、休養日以外は、そんなに甘い物を食べてはいないという話だ。

 砂糖は、まだ贅沢品に近くて値段が張るため、沢山は使えないみたい。

 ここにも、ビジネスチャンスが、転がっているのかも知れないな。

 でも今は、僕が休養することが重要だ。つまらないことを、考えている暇はない。


 僕は、甘い物は要らないから、厨房に置いてあった、バナナジュースを持って二階に上がった。

 当然、〈クルス〉の分も含めて、二つ持っていった。

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