第218話 海方面旅団本部
「〈タロ〉様が誇らしいのですが、私なんかが嫁いで良いのでしょうか。また不安になりました」
〈クルス〉の顔は、僕の方を向いているけど、視線を不安げに下へ向けている。
旅団長になったことで、〈クルス〉を不安がらせてはいけないな。
〈クルス〉の髪に置いている手を、頭の後ろに回して、〈クルス〉の顔をグッと引き寄せた。
〈クルス〉は、「〈タロ〉様、いつ誰が通るか分からない場所では、嫌です。顔を近づけないでください」と言ったけど、僕は構わずキスをした。
「〈タロ〉様、嫌だと言ったのに。それほど、私とキスをしたかったのですか」
「そうなんだ。〈クルス〉は、変わらず僕の許嫁なんだと、〈クルス〉に分かって欲しかったんだよ」
「うふふ、〈タロ〉様、ありがとうございます。もう不安になったりしません。〈タロ〉様が嫌だと言っても、私は〈タロ〉様にしがみついて離れませんよ。〈タロ〉様に執着します」
そう言って、〈クルス〉は僕にしがみついてきた。
もう一度しろって言うことだよな。
僕は、黒く光っている髪の中へ両手を突っ込んで、〈クルス〉の顔を間際まで寄せた。
〈クルス〉は「うんん、お願い。そんなに、お顔を近づけないで」って言ながらも、僕の身体にしがみついたままだ。
〈クルス〉が目を瞑るのを待って、もう一度キスをした。一度目より長く。
「うふふ、休養日に逢えないのは悲しいです。だけど、〈タロ〉様の気持ちを聞かせて頂いて、私は心の底から幸せです。でも、もう日没が迫っています。私は、〈タロ〉様の許嫁なのですから、優しく送り届けてくださるでしょう。違うのですか」
〈赤鳩〉の門に着いたのは、もう日没寸前だった。
〈クルス〉は、弾むような足取りで帰って行った。僕はそう思った。
軍所有の馬車で、《アンサ》の港に向かった。馬車は、誰もいない夜の街道をひた走る。
乗っている馬車は、一応「海方面旅団」の所有らしい。
軍用だけあって頑丈そうだけど、外装も内装も素っ気ない。豪華さは微塵もない。
良いように言えば、武骨だ。悪いように言えば、質素で貧乏くさい。
乗り心地は、見かけどおり悪かった。クッションが効いていない。
ガタゴト揺られ続けて、睡眠不足が確定だ。辛い旅だな。
港に着いて本部に向かうと、大きな倉庫が見えてきた。
もしかしてと思い、聞いてみると、これが「海方面旅団」の本部らしい。
これは、どう見ても、ただの倉庫にしか見えない。と言うか倉庫なんだろう。
倉庫に「海方面旅団本部」と小さなプレートを張り付けただけだ。
恥ずかしいから、小さなプレートにしたのに違いない。僕でもそうする。
本部が思っていた以下だったので、笑ってしまった。
「旅団長様は、この本部を見ても笑っていらっしゃる。さすがは大物ですね」
副旅団長が、感心して褒めてくれるが、何も嬉しくない。
〈リク〉と〈ソラィウ〉も、倉庫を見て、ポカーンとしているぞ。
副旅団長だけは、何とか嬉しそうにしている。
「副旅団長は、嬉しそうだけど、どうしてなの」
「それは、今回私は、隊長から副旅団長に昇進したからです。旅団長様のお陰です。有難いことです」
僕が、この人を抜擢したわけじゃないんだけどな。今回合うのは、まだ二回目だ。
僕が旅団長になったから、余禄にありつけたということか。
気を取り直して、中へ入って見ると、やはり中も倉庫だった。当たり前と言えば、当たり前か。
「海方面旅団」の兵たちが、一列に並んで、僕に敬礼をしてくれた。
見た感じ、歴戦の兵と言うより、後方部隊兵という見かけだ。
人数も、二十人くらいしかいない。この人数では、せいぜい一部隊だな。
本部の中は、色んな物が雑多に置かれている。やはり倉庫だ。
僕は、中二階にある倉庫の事務室に案内された。
もとい、中二階にある「海方面旅団長室」だ。極小さいプレートが張り付けてあった。
因みに、海方面副旅団長室はない。あるのは、一階の少し豪華な椅子だけだ。
副旅団長に聞いたら、この海方面旅団は、王都旅団の海上兵站部隊を切り離して、持ってきただけのようだ。
この本部も、海上兵站部隊が使用していた倉庫だということだった。
〈セミセ〉王都旅団長、黙っていやがったな。
それとも、こんな些細なことまで覚えて無かったのか。この海方面旅団は、ほんと、些細だよな。
「ところで、この海方面旅団は、何をするんだ」
「うーん、そうですね。王国の沿岸を守ると言うことですかね。どう思います」
僕に聞かれてもな。旅団長だから、答えなくては、ならないのかな。でも、聞かされていないぞ。
「副旅団長が言うとおり、王国の沿岸を守ると言うこと、なんだろうな」
責任は副旅団長に被せよう。僕は知らないよ。
次に副旅団長は、所有している船舶を見せてくれた。港の桟橋に四艘係留されている。
ただ、四艘とも荷物を運ぶための舟だ。少し大きめの艀というヤツだ。
「旅団長様、この四艘が、海方面旅団の所有船舶の全てです。先の《ベン》島奪取作戦で半数になりました」
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