第217話 〈クルス〉と話をする
「髪を触ったのは、〈アコ〉の髪が、とても綺麗に輝いているからだ。呼び出したのは、〈アコ〉に話があるからだよ」
「私に、お話ってなんですか。何でも聞きますわ」
「実は、今度の休養日は、僕の都合で逢えないんだ」
「えっ、そうなのですか。とっても残念ですわ。都合ってなんなのですか」
「実は、今度の休養日に、海方面旅団本部の視察を、しなくてはならないんだ」
「あの、その、海方面旅団本部と〈タロ〉様は、どういう関係なのですか」
「それが、僕が海方面旅団長に、任命されてしまったんだよ」
「まあ、〈タロ〉様が旅団長に。すごいことですわ。おめでとうございます」
「良いことなのかな」
「それは、とても良いことだと思いますわ。王国の重要な役職に、就かれたのですもの。〈タロ〉様ほど若い方が、就任されるのは、滅多にないことだと思いますわ」
「そうか。〈アコ〉にそう言われると、僕も嬉しくなってきたよ」
「私も、とっても嬉しいですわ。私の〈タロ〉様が誇らしいです」
〈アコ〉は、僕の方を向いて、ニッコリと微笑んでいる。本当に嬉しそうだ。
〈アコ〉が喜んでくれるなら、海方面旅団長も良いかも知れないな。
〈アコ〉の髪を触っている手に力を込めて、〈アコ〉の頭を引き寄せた。
〈アコ〉は、「こんな見通しが良い広場ではダメです。誰が見ているか分かりません」と言ったけど、僕は構わずキスをした。
「〈タロ〉様、ダメだと言ったのに。そんなに、私とキスをしたかったのですか」
「そうなんだ。とてもしたかったんだ」
「ふふ、仕方がない人ですね。でも、〈タロ〉様、もうこの広場でキスはダメですよ。今日は特別です。旅団長になられた、就任のお祝いですわ」
お祝いなら、もう一度しても良いよな。
僕は、ファファの髪の中へ両手を突っ込んで、〈アコ〉の顔を僕の方へ引き寄せた。
〈アコ〉は「あぁ」って言って、僕の目を見ながら、ゆっくりと瞼を閉じていく。
そして、もう一度〈アコ〉にキスをした。さっきより長く。
「ふふ、休養日は残念ですけど。今日は、〈タロ〉様に髪を触って貰い、キスをして貰いました。私は、大変満足ですわ。もう日が落ちるので、帰らなくてなりません。〈タロ〉様、さあ、送ってくださいな」
〈白鶴〉の門に着いたのは、もう日没寸前だった。
〈クルス〉に伝えるのは明日になるな。
次の日も、授業が終わった後直ぐに、〈赤鳩〉の門に向かった。
〈クルス〉と話をするためだ。
「《ラング》伯爵なんだけど、許嫁の〈クルース〉を呼び出してください」
「はぁ、もう直ぐ門限なのですが」
「至急、伝えたいことがあるんです」
「至急の御用事ですか。分かりました。日が沈む前まで、時間があまり無いので、注意してくださいよ」
門番は、至急の用件と思って連絡を取ってくれた。
僕と〈クルス〉にとっては、大事な話なので許して貰おう。
「はぁ、はぁ、〈タロ〉様、至急の用件と何ですか。何かありましたか」
〈クルス〉は、至急の用件と聞いて、門まで走ってきてくれたようだ。
息が荒い。走るほどの用件ではないので、悪いことをしたな。
「〈クルス〉、伝えたいことがあるんだ。楠の広場までついてきてくれ」
楠の広場のベンチに、〈クルス〉と並んで座った。
もう、日は大きく傾き、夏雲が紫色と橙色の斑模様になっている。
暗くなり始めているから、広場には、僕と〈クルス〉しかいない。
もう直ぐ、辺りは暗闇の中へ沈んでいってしまう。
〈クルス〉の真直ぐな黒髪が、樹木の影が作り出した闇へ、溶けてしまいそうに感じる。
〈クルス〉が溶けてしまう、と思って僕は、〈クルス〉の髪に手を置いた。
そうすれば、僕の手の色で境界が生まれ、〈クルス〉の真直ぐな黒髪が、闇へ溶けていかないと思ったんだ。
もう、時間の猶予がない。手を置きながら話そう。
「うんん、〈タロ〉様。私の頭を撫でて頂くのは、とても嬉しいのですが。早く用件をおっしゃってください。気になって仕方がありません」
「ごめん、つい〈クルス〉の髪を触ってしまうんだ。呼び出して伝えたいことは。今度の休養日は、都合が悪くて逢えないんだよ」
「えっ、それが用件ですか。残念ですけど、すごく悪いことじゃ無くて安心しました。でも、どうして、休養日の都合が悪くなったのですか」
「実は、今度の休養日に、海方面旅団本部の視察を、しなくてはならないんだ」
「あっ、まさか、〈タロ〉様、また戦争があるのですか」
「違うよ。戦争じゃないんだ。実は、僕が海方面旅団長に、任命されてしまったんだよ」
「えぇー、〈タロ〉様が、旅団長になられたのですか。王国の要職ですよ。吃驚しました」
「僕も吃驚しているんだ」
「まだ学舎生なので、誰もが驚くと思いますよ。でも、〈タロ〉様の功績が、正しく認められた結果だと思います。ご就任、おめでとうございます。〈タロ〉様は、本当にすごい人ですね。私は以前から〈タロ〉様を尊敬していますが、今以上に尊敬しなくてはなりませんね」
「そうか。〈クルス〉にそう言われると、僕も嬉しくなってきたよ」
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