第216話 〈アコ〉を呼び出す
「えぇー。それは聞いてみますけど。心配になってきました」
「そうだな。心配だよな」
同情はいらない。公爵、お前が何とかしてくれよ。
「儂も少し心配だな」
司令官、あんたが心配の元凶だろう。何とかしろよ。
「どうしたら良いのでしょう」
「まずは、副旅団長だな。それから、何か問題があったら相談してくれ。問題が無いはず無いから、王都旅団の本部を訪ねてきてくれたら良いよ。出来る範囲で協力するぞ。ははははっ」
問題は必ずあるのか。はぁー。それに、最初から逃げ腰かよ。頭痛が酷くなってきたぞ。
「儂も、むろん相談にも乗るし、協力はするぞ。出来ることはな。だから、大船に乗ったつもりでいてくれ。わはははは」
何一つ安心出来ないぞ。司令官も、逃げる気満々じゃないか。何が大船だ。
泥船の間違いじゃないのか。泣けてくる。
これ以上、この人達と話していても埒が明かないな。
「はぁ、ありがとうございます。とりあえず副旅団長に会ってみます」
「そうか。それが良いよ」
「まあ、無理しないで、頑張ってくれたまえ」
公爵と司令官は、可哀そうな小型犬を見るような眼をして、部屋を出て行った。
僕は、捨てられた子犬に違いない。キャンキャンと鳴いてしまいそうだ。
誰もいなくなった部屋にいても、しょうがない。キャンキャンと鳴いても、どうしようもない。
頼みの綱の副旅団長の話を聞いてみよう。キャンキャンと鳴くのは、その後で良いだろう。
副旅団長は存在していた。いない可能性もあったので、少しほっと出来た。
控室で、〈リク〉と〈ソラィウ〉と嬉しそうに話をしている。
最低限の段取りは、してくれているようだ。
「海方面旅団長様、初めまして。私は副旅団長の〈ボィツカア〉であります。爵位は男爵で〈ウラョク・ボィツカア〉と申します。何卒、よろしくお願いいたします。早速ですが、まずは海方面旅団の本部に来てい頂いたら理解が進むと思います。案内させて頂きます」
まあ、そうだよな。現状を見ないと何も始まらないな。
「はぁ、〈ボィツカア〉副旅団長、よろしく。案内を頼むよ」
「承知いたしました」
《アンサ》の港に行くのは、馬車で一日かかる。八時間程度かかるということだ。
また、授業を休んで行くか、休養日に行くか、迷うところだ。
休養日では、〈アコ〉と〈クルス〉に逢えなくなる。
といって、授業を休むのもな。この前、「王国御前会議」で休んだばかりだ。
《アンサ》の港に行くには、往路で一日、現地で一日、帰路で一日と、都合三日もかかる。
授業を休み過ぎる気もする。
それに、「王国御前会議」は、日にちが決まっているし、王国の公式会議だ。
授業を休むしかない。
海方面旅団本部の視察は、日にちは僕の都合で良いし、王国の公式行事でもない。
三日かかるから、授業を休むことになるが、最小限にするのが常識かも知れないな。
考えたあげく、休養日の前日の授業が終わったら直ぐに、《アンサ》の港へ行き、休養日に現地を視察し、その夕方に帰路につくという強行軍をすることにした。
往路と帰路を、眠っている間に済まそうという計画だ。
馬車で、ちゃんと眠れるかは分からない。なんとかなるのと良いけど。
それと、〈アコ〉と〈クルス〉に、今度の休養日は逢えないと、伝えなくてはならない。
僕が迎えに来ないのに、ずっと待っているのは、可哀そう過ぎる。
後ですごく怒られると思う。僕への信頼が、損なわれると思う。
僕は、授業が終わった後、〈白鶴〉の門に向かった。〈アコ〉を呼び出して貰うためだ。
「《ラング》伯爵なんだけど、許嫁の〈アコーセン〉を呼んで欲しいんだ」
「えっ、もう夕方ですよ。何の御用事ですか」
「至急、伝えたいことがあるんだ」
「そうですか。日が沈む前に帰ってきてください。日没が門限となっております。あまり時間はありませんよ」
門番は、急いで〈アコ〉に連絡を取ってくれた。何か緊急事態が、起こったと思ったようだ。
少し悪い気もする。
海方面旅団長の就任が、大きなニュースであることを祈ろう。それなら、門番も納得するだろう。
「はぁ、はぁ、〈タロ〉様、吃驚しましたわ。こんな時間にどうされました」
〈アコ〉は、遅い時間の呼び出しだから、慌てて門まで来てくれた。駆け足で来てくれたようだ。
「〈アコ〉、少し話があるんだ。楠の広場で話そう」
楠の広場のベンチに、〈アコ〉と並んで座った。
もう、日は稜線に沈みかけていて、空は青色から茜色へと、徐々に変わっていっている。
遅い時間だから、広場には、僕と〈アコ〉しかいない。
〈アコ〉のファファの髪が、夕日を受けて黄金色に輝いている。
綺麗だな、と思って僕は、〈アコ〉の髪を触った。でも、時間がない。触りながら話そう。
「んうん、〈タロ〉様。私の髪を触りたくて、呼び出したのですか。嬉しい気持ちもありますが、少しやり過ぎですわ」
「髪を触ったのは、〈アコ〉の髪が、とても綺麗に輝いているからだ。呼び出したのは、〈アコ〉に話があるからだよ」
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