第215話 海方面旅団はまだ形になっていない

 そこで、領地貴族で久方ぶりに伯爵になった僕に、白羽の矢が当たったらしい。

 「海方面」は、もう陸では使える呼称がないのと、僕が船で軍功を上げたことによる着想みたいだ。安易な発想だよ。


 「《ラング》伯爵〈タロスィト・ラング〉よ。そなたに、栄えある「海方面旅団長」を命ずる。精進して励むことを切に期待する」


 「あっ、謹んでお受けします」


 急で吃驚したから、あっ、って言っちゃった。

 受けても良かったんだろうか。

 でも、王様が受けろって言っているのに、受けないとは言えないよな。

 不敬罪で死刑になったら皆が困る。僕も困る。


 任命が終わった後、国王は、「「海方面旅団」は発足したばかりで、色々不都合があると思う。だが、王国の海を十全に防護する気構えで当たって欲しい。何か必要な物があれば、司令官と相談して要求してくれ。話は通しておく」と言って部屋を出て行った。

 話を通しておくと言ったのは、通ってないフラグに違いない。

 嫌な予感しかしない。


 国王が出ていくと、宮廷貴族側は気に入らない様子で、そそくさと会議室を出ていってしまった。

 僕が旅団長に、なりたかったわけじゃ無いよ。

 領地貴族は嫌ってもいいけど、僕を嫌いにならないで欲しい。


 領地貴族側は、二人とも残ったけど、まだ何かあるのかな。あぁ、疲れる。


 そう思っていると、「司令官」が話しかけてきた。

 二人の大物貴族のおっさんと同じ空間にいて、どうしたものかと思っていたので、正直助かった。

 気まずかったんだよ。この場での沈黙は、針の筵状態でしかない。


 「《ラング》伯爵、祝賀会以来だな。これからは、同輩になるので、よろしく頼むよ」


 「いやー。僕は、まだまだ若輩者です。同輩なんておこがましいです。ご指導をよろしくお願いします」


 いやー、って言う話始めが、すごく軽薄だな。

 でも、若輩だからこれで良いんだろう。変な期待を持たれても困るしな。


 「私は、「王都旅団長」の〈セミセ〉公爵だ。戦争の英雄が、新しい仲間になって、これほど心強いことはない。《ラング》伯爵、大いに期待しているよ。よろしく」


 それでも期待するのか。ただの社交辞令か。どっちなんだよう。


 「こちらこそ、よろしくお願いいたします。英雄なんて、とんでもないですよ。右も左も分からない未熟者ですから、ご迷惑をおかけしないように、するだけです」


 「ふふ、堅くるしい挨拶はこれ位でいいだろう。《ラング》伯爵は、もう仲間なんだから、ざっくばらんにしてくれ。私達もそうするからな」


 「ありがとうございます。早速質問が一つあるのですが、良いですか」


 「もちろん、構わないよ。何でも聞いてくれ」


 〈セミセ〉公爵は、気さくに答えてくれるみたいだ。

 まあ、仲間だと思ってくれているんだろう。 多分だけど。


 「あの、他の旅団長さんは、どうして欠席なのですか」


 「あぁ、それね。他の旅団長は遠方に居住しているから、おいそれとは来られないんだ。領地の方が大切だしね。それに、方面旅団長は名誉職的な側面が強いんだよ」


 遠いと来なくても良いのか。それで良いの。確かに、面倒だとは思うし、領地は大切だけどな。

 「王国御前会議」の権威は、そんなものなのか。拍子抜けだな。


 それに、名誉職か。軍隊の長が、名誉職で良いんだろうか。

 あまり、軍組織が機能していない気がする。

 逆に、地方で軍組織が整っている方が、マズイのかも知れないな。

 反乱を起こされたら、大変だと思っているんだろう。


 「へぇー、名誉職なのですか」


 「そうなんだよ。各方面旅団は、通常時、旅団を形成してはいないんだよ。紛争が起こった時に、各方面の領地貴族の兵が、旅団に入るんだよ。旅団が形成されていないのに、旅団長がいてもしょうがないだろう。まあ、形成されても、お飾り的な役目なんだけどな。各方面に派遣されている副旅団長が、実務を担っているからな」


 おっ、良い感じになってきたぞ。

 なるほど、実質的に旅団を掌握するのは、副旅団長なんだな。

 副旅団長は、王国が任命するんだろうから、各旅団は王国の管理下にあると言うことか。

 王国の維持のため、それはそうするよな。

 お飾りなら、僕にも出来そうだ。


 「そうなのですか。旅団長は、何もしなくて良いのですね」


 「それが、そうでもないんだ。王国直属軍のうち、司令官と王都旅団長は、王都に居住する必要があるんだよ。なにせ王都だからな。不測の事態があれば、直ちに対応出来るようにしているのさ。もし、王都で何かあれば、王国に危機だからね。それと、伯爵の海方面旅団はまだ形になっていないから、伯爵が何とか形にする必要があると思うよ」


 えぇー、形になっていない。なんとかしろって、どういうことだよ。聞いてないよ。


 「はぁー、海方面旅団は形がないのですか」


 「そうなんだ。海方面旅団は、方面がないからな。いや、あるのか。海が方面か。でも海には、領地貴族がないからどうするんだろう。兵はどうするんだろう。謎だな。最悪、伯爵家だけかも知れないな。大変だと思うけど、頑張ってくれたまえ。ははははっ」


 「うむ、公爵が言うように大変そうだな。儂も良く分からんな。旅団長を増やすことしか、考えて無かったからな。詳細は、副旅団長がいるはずだから、そいつに聞いてくれ。まあ、急造の旅団だから、仕方がないのだよ。海方面旅団だから、うみの苦しみだな。わはははは」


 何ていい加減な、王都旅団長と司令官なんだ。

 笑って誤魔化そうと思ってやがる。おまけに、下手な洒落を言いやがって、笑えんわ。

 頭が、グワングワン痛くなってきたぞ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る