第210話 懐刀

 「あっ、あう、〈サヤ〉ちょっと話があるんだ」


 「〈タロ〉様、突然ですね。何ですか」


 「許嫁達のことなんだけど。護身術以外に、身に着けておいた方が良いものはないかな」


 「護身術以外ですか。うーん、そうですね。〈タロ〉様は貴族ですから、結婚時に懐刀、守り刀を送られますね」


 「そうなの」


 「あっ、御存じない。仕方がない人ですね。まあ、今は良いです。懐刀は儀礼的な意味が強いのですが、実戦でも使用することが出来ます。名前からして、守り刀ですから」


 「おっ、なるほどね。守り刀か。当然、僕も送るんだろうから、許嫁達に使い方を教えてくれないか」


 「はぁ、教えるのは良いですが。「送るんだろう」とは、とても無責任な言い方ですね。〈アコ〉君と〈クルス〉君が、可哀そうになります。妹のことも、心配になってきましたよ」


 〈アコ〉と〈クルス〉は、次の日から懐刀の練習に変わった。

 〈アコ〉の母親達は、続けて護身術の練習だ。


 キャッキャッと、黄色い声を出しながら練習している。

 うち、二名はそこそこのお年だけど、声だけ聞くと勘違いするほど、はしゃいだ声だ。

 特に〈アコ〉の母親は、結構頑張って練習しているぞ。

 どうも、〈アコ〉に教えられるのが、気に食わなかったみたいだ。

 後の二人も、それに釣られて、前より真面目にやっている。

 母娘なんだから、仲良くしてくれよ。


 〈サヤ〉が、護身術グループと懐刀グループの、二つを指導することになった。

 必然的に、〈アコ〉と〈クルス〉が、〈サヤ〉に指導される時間が半分になった計算だ。

 これだけで、僕の評価は鰻登りだ。こいの滝登りだ。

 〈アコ〉と〈クルス〉が、ニコッと笑って僕に目くばせをしてきた。

 とっても、喜んでくれているようだ。

 許嫁達とのまずい雰囲気は、払しょく出来たようで、一安心だ。


 〈リク〉と〈ソラィウ〉が、鍛錬している間に、僕は大海原をぼーと眺めていた。

 海は広いな。大きいな。どこまでも、続いているな。僕の心も、伸び伸びた。


 「〈タロ様〉、大変、お暇そうですね。こっちへ来てください」


 「きゃっ、突然、何だよ」


 〈サヤ〉が、リラックスしていた僕の肩を叩いて、どこかへ連れて行こうとしている。

 コイツは、何を考えている。コイツは、何をさせる気だ。どうせ、何かの鍛錬なんだろう。

 嫌な予感しかしないぞ。


 「何ですか、その反応は。大変、気持ち悪いです。こちらに来て、〈アコ〉君と〈クルス〉君の練習相手をしてください。私は、もう少し鍛錬がしたいのです」


 「あっ、そうなの。良いけど」


 良かった。ほっと安心したよ。〈アコ〉と〈クルス〉の相手なら、願ってもない話だ。

 また、エロエロなことが、出来るかも知れない。


 「〈タロ様〉は、二人を同時に相手してください。二人同時なら、〈タロ様〉の鍛錬にもなるでしょう」


 「うん。分かった」


 「〈アコ〉君と〈クルス〉君は、〈タロ様〉を、木の短刀で突いてください。〈タロ様〉は、お強いから、遠慮しなくても良いです。思いっきり突き刺してください」


 「はい。〈サヤーテ〉先生、了解しました。手加減なしで良いのですね」


 「分かりましたわ、〈サヤーテ〉先生。思いっきり突いたら良いのですね」


 〈アコ〉と〈クルス〉が、ニコニコと笑いながら、僕を睨みつけている。

 あれっ、許嫁達とのまずい雰囲気は、払しょく出来ていなかったのか。

 不安だよ。


 〈アコ〉と〈クルス〉が、「〈タロ様〉、参ります」と気合を入れて向かってきた。

 二人同時のシンクロ攻撃だ。どうして、そんなに気合を入れるんだ。

 まさか、僕のことが憎いんだろうか。

 不安になるよ。


 〈アコ〉と〈クルス〉の突きは鋭くはない。余裕でかわせる。

 ただ、木の短刀を短く持っているから、木刀で刀身を弾くのは至難の業だ。

 二人の華奢な指に当たったらと思うと、怖くてとても出来ない。


 かわすしか方法がないと、僕の鍛錬にも有効なような気もする。

 〈アコ〉と〈クルス〉と一緒だと、鍛錬も楽しいことになるな。

 二人の顔を見ているだけで、ストレスが消えてなくなる感じだ。


 しかし、〈アコ〉と〈クルス〉は、本気で突いてくる。真剣だ。

 そんなに必死ならずに、怠けたら良いのに。


 「〈アコ〉も、〈クルス〉も、僕達三人なんだから、そんなに頑張らないで、適当にしようよ」


 「この状態を作り出して頂いて、とても有難く思っています。でも、〈タロ様〉のニヤニヤしたお顔を見ていたら、一回だけ突き刺してみたくなりましたの。〈タロ様〉、ちょこまか動かないでください」


 「〈タロ様〉に、助けて頂いたのは感謝しています。ただ、余裕たっぷりの〈タロ様〉を、一度痛い目に合わせてみたいのです。〈タロ様〉、覚悟してください」


 「あれっ、あれっ、突き刺す。痛い目。怖いことを言うなよ」


 二人はものも言わずに、僕を一生懸命に突き続ける。

 こんなことで、一生懸命になられるのは、複雑な気持ちだ。

 いや、違うな。すごく悲しい気持ちだ。


 許嫁が、必死に突いてくる男ってどんなヤツだよ。

 それは、酷いヤツってことじゃないのか。

 僕は、違うと断固言いたい。

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