第209話 私達が好きなんでしょう

 〈サヤ〉がいない時は、〈アコ〉の母親達へ、基本だけでも教えさそうとしているらしい。

 〈アコ〉と〈クルス〉が、ちゃんと教えられるように、スパルタ特訓になったようだ。

 成程、合理的で無駄がない。策士策に溺れるだな。もっとやれ。


 僕の方はと言うと、〈アコ〉と〈クルス〉の真似をさせて貰った。

 秘書役の〈ソラィウ〉を、鍛錬に参加させてあげることにしたんだ。


 〈ソラィウ〉は、最初、頭をブンブン横に振って、すごく遠慮していた。

 けれど、僕と〈リク〉と〈サナ〉が囲んで、滔々と鍛錬の必要性を説いたら、とうとう最後は、頭を縦に振ってくれた。

 説得されることに疲れて果てて、がっくりと頭を落としたようにも見えたが、同じようなものだ。 

 気にする必要はない。しょせん他人事だ。


 目尻に涙が溜まっていたから、泣くほど感動したのかも知れない。

 まさか、秘書役が、領主と一緒に鍛錬出来るのとは思っていなかったのだろう。

 名誉なことだよな。げに善意の押し売りは恐ろしい。

 王都に着くまで、感動の涙を流し続けることだろう。

 嬉しさのあまり、きっと悲鳴も上げ続けるだろう。


 〈ソラィウ〉が参加したことで、僕は休憩出来る権利を手に入れられた。

 〈リク〉が〈ソラィウ〉の指導をして、〈サヤ〉が〈アコ〉と〈クルス〉の特訓をしている間、僕は空いているんだ。

 自由だ。フリーダムだ。軽やかに、大空も飛べそうだ。

 あはははは。


 〈アコ〉の母親が、また、練習をさぼっているので、話かけてみた。

 〈アコ〉と〈クルス〉に、自由を見せつけているのでは、ないんだよ。

 単に爽やかに、談笑しているだけなんだ。

 わはははは。


 僕の笑い声が、聞こえたんだろう。〈アコ〉と〈クルス〉が、獣のようなギラギラした目で、僕を睨むように見てくる。

 僕の顔が見れて、堪らないほど嬉しかったんだろう。

 ぐはははは。


 僕は充分満足したので、にこやかに笑いながら、その場を後にした。

 僕が行ってしまうのを見て、辛かったんだろう。

 〈アコ〉と〈クルス〉が、「ちっ」「くっ」と不満の声を漏らしていたよ。

 うはははは。


 航海の午後は、一応自由に過ごせる。

 〈アコ〉と〈クルス〉と、イチャイチャしよう。


 「〈タロ〉様、私達をあんなにあざけ笑っていたのに、平気な顔でよく話かけられますね。呆れてしまいますわ」


 「そうです。私達はあんなに苦しんでいたのに、笑っておられました。信じられません」


 あれ、二人とも、ど真剣に怒っているぞ。

 これは、イチャイチャどころじゃないんじゃないの。マズイな。


 「そう言うなよ。ちょっとした茶目っ気だよ」


 「はぁー。茶目っ気。冗談じゃないですわ」


 「うぅ、〈タロ〉様は、私達が苦しんでいるのが、楽しかったのですか」


 あれ、あれ、もっと怒りだしたぞ。僕への信頼が、ぬかるみに落ちた感じだぞ。

 これは、本格的にヤバいんでは。


 「そう言うなよ。ちょっとやり過ぎたと反省しているよ」


 「本当ですか。それなら、どうか私達を助けてください」


 「もう耐えられないのですわ。このままでは、私達、どうかなってしまいます」


 思っていた以上に、二人の状況は、深刻なのかも知れない。

 「藍色の女豹」は容赦ないと言うか、加減が分からないんだろう。

 そもそも、加減って言う言葉を持っていないのかも知れない。

 いつも全力で取り組んでいて、真直ぐな姿勢に好感は持てるが、相手をする方は堪らないってことだな。

 どうしよう。


 「それじゃ、前みたいに、僕が護身術の相手をする方が良い」


 「うーん、その方がましですが、〈タロ〉様は、またエッチなことをするでしょう。悩みますわ」


 「あぁ、それで良いです、と言いたいのですが。〈タロ〉様に、エッチなことをして下さいと言っているみたいで、とても抵抗があります」


 「もうエッチなことはしないよ」


 「全く、信じられませんわ」


 「〈タロ〉様は、必ずします」


 あぁ、何て僕のことを理解しているんだろう。さすが、許嫁のことはある。


 「うーん、それじゃ。どうしよう」


 「どうしようでは、困りますわ。何か案はないのですか」


 「〈タロ〉様だけが頼りなのです。〈サヤーテ〉先生に交渉してください」


 「わ、分かったよ。〈サヤ〉に何とかするように言ってみるよ」


 「ありがとうございます。でも、気をつけてください。私達が、〈サヤーテ〉先生の練習を嫌がっていることは、分からないようにしてくださいね。絶対ですよ」


 「そうですわ。練習を嫌っていることがバレたら、怖いことが起こると思いますわ。〈タロ〉様、くれぐれもお願いしますね」


 えー、なんか難しいぞ。どうするんだ。こんなの上手くやれるわけ、ないだろう。


 〈アコ〉と〈クルス〉は、「私達が好きなんでしょう。〈タロ〉様」と僕の両手に縋りついてくる。

 僕の腕に、おっぱいをギューと押し付けて、お願いっていう感じの顔を作っている。

 目をパチパチとさせて、上目遣いで僕を見てくるのが、中々あざとい。


 おっぱいもそうだけど、自分から「好きなんでしょう」と言ってくるのは、初めてだ。

 全ての武器を使って、なりふり構わず逃れようとしているな。

 相当追い込まれているみたいだ。緊急事態かも知れないな。どうなんだろう。

 でも、二人そろってシンクロでお願いされたら、しょうがないな。

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